第55話 失敗の上に成り立ってるよ

「……それで」


 アンジュは暗い表情で訪ねた。


「それで、お父さんはどうなったの?」

「……」

「どうして……自殺したのか、教えて」


 ここまでの話の流れでその理由は想像が付く。アンジュなら分かるはずだ。

 それでも彼女は、敢えて聞きたいのかもしれない。

 確定させたいのかもしれない。

 その様子に、ガンテツは視線を反らさずに答えた。


「魔王軍進行最中、ベノム率いるスカウトギルドが倅の救出に向かったんじゃ。ベノムの話では救出間際に自殺したんじゃ」


 それはベノムから聞いた通りだ。


「奴は自分の武器が世界を良からぬ方向へ導いている現状に耐えられなくなったのだろうが、ワシは違うと思っておる。自分の武器が……誰かの命を奪うことぐらい、倅も覚悟は出来ていたはずじゃ」


 俺も矢を作っている最中に思ったことだ。

 自分の作った武器が誰かの命を奪う。

 魔物だけでなく、人の命すらも……

 俺等より武器を作ってきたアンジュの父ならその覚悟は出来ていない訳がない。


「それじゃあ……」

「ああ、その戦の先が見えたんじゃろうな。自身を回収しに来たベノムを見て悟ったんじゃ。異形の知識を欲し、その力でまた争いを起こそうとする人族達の姿を……」

「……」

「魔王軍が滅びたとしても、己の作った銃が残り、それが人族の手に渡る。するとその武器を各国が手にしてしまう。するとどうじゃ……この武器の本質を考えてみればわかることじゃろ」

「人族同士の争いが起きる」

「そうじゃ、そして制作者を探し武器の作成を依頼する。いいや……無理矢理にでも作らせるじゃろうな。それだけ、コイツ銃器は強力な力なんじゃよ」


 ガンテツは目を伏せる。

 静かに息を吐き、言葉を続けた。


「倅は逃げた……そう言われても仕方があるまい。最悪な事態を招き一人で行ってしまったのだからな。だが、ワシは違うと思っとる。倅はアンジュ、お前を守ろうとしたんじゃよ」

「私を……守る?」

「ああ、もし倅が生きており、お前さんと今も暮らしておったとして、国の奴らは黙っておらんじゃろうな」


 アンジュが呆然とする中、ガンテツは更に続けた。


「三代目魔王率いる魔王軍が制圧され、一時の平和が訪れたが、ワシやお主の母に各国から使者が訪れたわ。内容は言わんとも分かるな?」

「銃の作成依頼……ですか?」

「そうじゃ、それも徐々に過激になっていった。ワシや、アンジュの母もこの国の上層部の奴らから尋問を受けておる」

「え!?」

「お母……さんも」


 ガンテツの発現に一同が驚く。

 特にアンジュの表情も次第に険しくなっていくのがわかった。

 ガンテツは考えるように間を置いて話す。


「……そうじゃよ。国の奴らに追い詰められた。アンジュはまだ赤子であったが故に免除するようにしたが、最終的にお主の命を天秤に掛けるような要求をしてくるようにもなっていった。お前さんの母親は倅の手伝いをしていただけで、銃作成の知識を知っている訳ではなかったというのに奴らは尋問を止めなかったんじゃ」

「そんな……」


 最愛の夫を亡くし、娘の命も脅かされ、それでいて身に覚えのない知識を教えるように恐喝されていたのか。

 アンジュが訪ねる。


「お母さんは、本当に事故で死んだの?」

「……」

「お爺ちゃん、答えてよ。ベノムが言ったことは本当なの?」

「……」


 苦しそうに、ガンテツは答えた。


「……本当じゃよ」

「……」

「精神的に追い詰められたお前さんの母は崖に身を投げ……自殺したんじゃ。すまん」


 ガンテツは、手を床に着け頭を下げた。


「お爺ちゃん!?」

「ワシは何も止められんかった……お前さんの父親の過ちを……母親の苦しみも……誰も救うことが出来かったんじゃ!」


 声を上げるガンテツ。

 彼の怒りは、まるで自分へと向けているように思えた。


「何も知らぬ、ズカズカと世を踏み荒らしていく無知な勇者は許せん。じゃが、それ以上に……何も出来ない自分が、一番許せん。大切な孫娘にも、嘘をつき続けてきた弱い自分のことが……」


 握り拳を作るガンテツを見ると、胸が苦しくなってきた。

 自分の弱さと向き合った時の悔しさを……圧倒的な力の前に為す術のない苦しみを……

 俺も……その痛みを思い出してしまう。


「すまんアンジュ……今まで隠していて、本当にすまんかった!」

「……」


 頭を下げ続けるガンテツにアンジュも黙り続けた。


「アンジュ……」

「アンジュちゃん……」


 俺達の言葉にも反応しなかった。

 だが、やがて彼女は大きな溜め息を一つ漏らす。


「……わかった。もういいわ」

「え?」

「とにかく、今はお店再建の為にやるしかないってことでしょ!」

「ア、アンジュちゃん?」

「コハルにイット、アンタ達には言ったけど、昔のことだから気にしなくて良いわ!」

「アンジュよ……お主……」

「お爺ちゃんも、私のことを気遣って言わなかったのよね? 別大丈夫よ、これを聞いて誰かを恨んだりなんかしない。寧ろ気遣ってくれてありがとう!」


 アンジュが顔を上げる。

 今までの顔とは思えないすっきりした表情を見せていた。


「確かに、お父さんやお母さんのことを陥れたこの国や、異世界転生者のことは許せないけどさ……もう、過去なんて変えられない」


 アンジュは笑みを浮かべる。


「でも、多くの人が積み重ねた辛い過ちの上に、私は立っているんだって知った。そしてこの先を決めるのは私達……いいえ、私なんだって」


 小柄な彼女が俺達の前に片手を差し向け。


「私一人でもこのお店を守るつもりだけど……ごめん、こればっかりは私一人の力じゃどうしようもないの。お願い、皆の力を貸して!」


 そこには、いつもの生意気で明るいアンジュの姿があった。


「なあ……アンジュ。その……また聞くけど、俺も協力して良いのか? 俺は……転生者で……それで」

「アンタはイット。アタシの部下。他の何物でもないでしょ?」


 笑みを向けるアンジュからは、強い意志と信頼を感じた。


「もし勇者だってことが気になるなら、アンタが名誉挽回してみなさいよ! 寧ろそれって、イットに掛かってるんだからさ!」


 相変わらず生意気な小娘だ。

 彼女だからこそ空気が変わった。

 今は、それに感謝する。


「私は手伝うよ! アンジュちゃんやガンテツ店長の為に頑張る!」


 アンジュの出した手の上に両手を置き、尻尾も振るうコハル。


「あ、ありがとう……コハル!」

「頑張ろう! イットも手伝うでしょ?」


 こちらを見つめるコハルに軽く溜め息を吐いてしまう。


「わかってる……協力しないなんて、言っていないだろ」


 俺も手を置く。


「ここには短い間だけど世話になってる。それに勇者の汚名を晴らすのは、紛れもない勇者の俺の役目だ」


 前任が残した失敗クレームの尻拭いをするのは、どの世界でも宿命なのだろうな。

 子供達が手を重ねる光景をガンテツが見つめていると、アンジュが促す。


「ほら、お爺ちゃんも手を置いてよ!」

「アンジュよ……嘘を吐いていたワシを許してくれるのか?」

「当然でしょ! っていうか怒ってないし! お爺ちゃんもお父さんも、そして……たぶんお母さんも、皆私に気を遣ってくれてたのがわかったからさ」


 ガンテツは目を開き驚いた表情を見せる。

 そして、ゆっくり手を置いた。


「すまんかった……アンジュよ、そしてイットにコハル」


 ゆっくりと彼は目を閉じ、置いた手に力が籠もる。


「過去に捕らわれ先の無い老いぼれじゃが、その先を作る者達を押してやるのが、今のワシの存在意義なんじゃろうな」

「ガンテツさん……」

「イットよ。頼みがある」


 彼は俺達の前で頭を下げる。


「どうか、アンジュの頼みを聞いてやってくれ。頼む! この通りだ!」

「……大丈夫。言われなくっても分かってるよ! ガンテツさん!」


 皆が手を置いたのを確認する。

 アンジュはよりいっそう笑みを浮かべた。


「昔のことより今のこと! お父さんとお母さんが残してくれたこの店を守ることに代わりないの! 二ヶ月で立て直すわよ!」

「「「おー!」」」


 地下室で、掛け声が上がる。

 何だろうな。

 ようやくこのお店に馴染めた気がする。

 言ってしまった以上はやるしかない。

 いや、やらなきゃいけない。

 アンジュの為に――

 ガンテツさんの為に――

 自分の数少ない俺の出来ることで、誰かを救えるかもしれない。

 不安も大きいが、俺の中にある忘れていた闘志が静かに燃えていた。


 必ず、成功させる!


















 コハルも寝てしまった深夜。

 隣の部屋からすすり泣く声が聞こえる。

 隣はアンジュの部屋である。

 俺は月の光で見える天井を見ながら、その声を聞いていた。


「アンジュ……」


 人前では強気で居た彼女も、やはり辛かったんだと改めてわかった。

 泣き声を聞きながら俺は目を閉じた。

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