第42話 値段の理由よ

「ジジイの小言が過ぎたな。すまんわい」

「お、俺の……剣が……」

「それにしても、なんつう剣を持っとるんじゃ。こりゃあ型に流し込んで作った量産品じゃな。本番で折れなくて良かったのう。お主はトコトン悪運が強い」


 男は呆然と立ち尽くし、ガンテツは折れた剣の破片を拾い断面を確認していた。


「……ホレ」


 立ち尽くしていた男にガンテツは、自分が持っていた売り物のショートソードを手渡そうとする。


「なんだよ……これ」

「お主の自前の剣を折ってしまったからな。ソイツも売り物には出来ん。良かったらくれてやるわい」

「てめぇ……どんだけ俺をコケにすれば気がすむ――」

「いらんのなら返せ。お主も仕事が出来なくなっても良いのならな」

「……」


 男は悔しそうな表情でガンテツを睨み付けたが、彼は一つ溜め息を漏らす。


「……お主は、何故この世に高い武器や防具が存在するか知っとるか?」

「急になんだよ」

「良いから答えてみ」

「そんなの、ぼったくってるからに決まってるだろ! 冒険者の足下見て高値で売ってるからだ! 原価は安いんだろ? それを研究費だとか技術費とか言い訳して、何十倍にして売りつけているんだ!」

「お主達を守る為、新米冒険者に買わせない為じゃ」

「……は?」


 ガンテツの言葉に男は固まる。


「己の実力にそぐわない武器や防具を手に入れた者の心には慢心が産まれる。己の実力ではなく、武器と防具に己の命を委ねてしまうのじゃ」

「は? そんな訳ねぇだろ! 何言ってんだよジジィ!」

「いいやある。ハードレザーならスライムに溶かされないから平気、人間を一撃で真っ二つに出来るミノタウロスアックスなら何が来ようが問題ない。心が未熟な冒険者が考えがちな思想じゃわい」

「俺は慢心なんかしてねぇって!」

「ワシはお主のような目をした冒険者を幾度となく見てきた。そして……命を落とした冒険者達も見ておる。だからワシは売らん。値段に不満がある……十分な報酬を貰っとらん奴が死ぬ要因を作りたくない」

「ち、違う……俺はそんなバカと一緒にするな! 他の奴らと一緒にするな!」

「……はぁ、今のお主に何を言っても無駄のようじゃな。これ以上言い合ってもない……ほれ」


 そう言うと、ガンテツは先ほど振った売り物のショートソードを男へ無理矢理渡した。


「な、なんのマネだ?」

「お主の剣を砕いた詫びじゃ、くれてやる。お主の言葉を使うなら誠意じゃったか? それにさっきも言ったが、そいつは打ち合わせてしまった物じゃ。売る訳にはいかん」


 ガンテツは男に背を向け、店の中に戻っていく。


「とにかく、今のお主にハードレザーは早い。金を耳揃えて払える実力になってから出直してこい。その時にでもスライム等の倒し方を教えてやっても良い」


 カウンターに構えたガンテツから突然凄まじい威圧を感じた。



「さあ、お主に売る物はない!! とっとと出て行け小僧!! 営業妨害だ!!」



 彼の怒声に俺等子供達は震え上がる。

 男も威圧に押し負けた様子で後ろへ退く。


「お、覚えてろよ!」


 もらったショートソードはちゃっかり抱えながら、クレーマー男は走り去った。










 俺達三人は、ガンテツの前に並んだ。

 右のアンジュはばつの悪そうな顔を見せ、左のコハルは怯えた様子で泣きながら立っていた。

 俺は真ん中に立って、静かにコハルを睨むガンテツの目を見ていた。


「……水晶を見た。コハルよ」

「はい!!」

「どうして値引き交渉をされた時に、アンジュ達に相談しなかった?」

「そ、それは……お客さんのことを考えようと思って……」

「一人で考えるな。わからんことがあったら周りに相談せい」

「うわああああああん! ごめんなさああああああ、ああああああ!」


 涙と鼻水を噴出するコハル。

 次にガンテツはアンジュを睨んだ。


「アンジュ。お前、止めに行こうとしたイットを止めた」

「……」

「アンジュ」

「……ムカつく客をおちょくられているの見て、楽しかったから」

「それは商売人としてやってはいけないことだ。たとえ横柄な客でも、平等に対応しろ。それに同じ従業員が困っておるのじゃ、助けに行かんか」

「……はい、ごめんなさい」


 アンジュは素直に頭を下げる。

 そして最後にガンテツと目が合った。


「……イット。お主、何故行かなかった? 見たところ、商売の知識は持っておるそうじゃ。物事の善し悪しも分かっているのだろ? 何故、アンジュの制止を振り切って行かなかった?」

「それは……」


 それは……アンジュと同じ、横柄な客とのやりとりが面白かったからだと思う。

 だが、それが絶対に今回みたいな事故に繋がることも容易に想像できた。


「自分の判断に……自信が無かったからです。行って良いのかどうか、分からなかったから……」

「本当にそうなのか?」

「……え?」

「お主の性格が優柔不断だったのかもしれん。じゃが、さっきも言ったように物事の善し悪しは判断出来るのであろう。なのに悪い方へことを運んでしまった」

「……」

「あの時の自分が、何を思って動かなかったのか。恐怖か、はたまたアンジュのように客を見下す心があったのか、それともお主の中にも慢心があったのか」

「慢心……」


 俺は確かにアンジュに止められた時、動こうと思えば動けた。

 しかし、そうしなかった。

 アンジュが何とかするという一言に、まかせてしまったのがある。

 すぐに向かわないと、明らかにアウトだったと分かっていたのにだ。

 慢心。

 そうなのかもしれない。

 コハルもアンジュも、間違った対応をしていることに、俺はあぐらをかいていたのかもしれない。

 俺は悪くない。

 一番悪くない。

 意識をしていなかったが、俺の中にそんな小さくてセコイ気持ちが隠れていたのかもしれない。

 そう考えると、俺はクズだ。

 下手したらこの中で一番の悪い人間なのかもしれない。


「……」

「何か自分の気持ちに気付いたのか?」

「……はい、あの――」

「いいや、言わなくて良い」

「え? あ、はい……」

「自分の心の弱さに気付いたのならそれで良い。次から気をつけい」

「あ、ありがとう……ございます」


 俺は一歩前出て、頭を下げる。


「ガンテツさん。それにアンジュ。俺達が来て早々、問題を起こしてしまって、本当にすみませんでした!」


 俺の様子に、泣き止んだコハルも頭を下げたみたいだった。するとガンテツは、少し間を開けて話した。


「お主等顔を上げい。こんなこと日常茶飯事じゃ。一回失敗したところで追い出したりせんわい。以後気をつけてくれ。それに……」


 ガンテツは一つ間を置いて続ける。


「責任者であるワシも、店を開けてしまった責任がある。何も事情を知らない上この年で感情的になってしまった。申し訳ない」

「い、いや、そんな、頭を上げて下さい!」


 頭を下げる彼をなだめる。

 ようやく空気が落ち着いた所で、今後再発の無いよう十分注意することとなった。

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