第41話 クレーム処理よ

「ワシが店長のガンテツじゃ。アンジュ、お前はさがっとれ」

「で、でも、お爺ちゃん! この男、値段下げろってしつこいから――」

「いいから下がれ!」


 ガンテツの怒声にアンジュと男、俺とコハルもビクッと身体が動かなくなる。

 アンジュも動かなくなってしまったので、俺は恐る恐る彼女の腕を退いて後ろに下がらせた。


「さて、どうやら従業員がお主に不快な対応をしてしまったようじゃな。大変失礼なことした」


 ガンテツが男に近づき、前に立つと頭を下げた。

 それを見た男はハッと我に返る。


「そ、そうだぜ! せっかく買おうと思ってたのに気分が悪くなっちまったんだ! どうしてくれるんだよ本当によ!」

「ああ、悪かった。申し訳ない」


 頭を下げ続けるガンテツに心が苦しくなってくる。俺が早く止めに入っていたらこんなことにはならなかった。

 その様子を見た男は、ニヤリと笑みを浮かべたのが見えた。


「誠意が足りねえんだよ! 神様である客を侮辱した店員の責任をちゃんと果たせ! ほら、もっと頭を下げるんだよ! 地面に額が付くぐらいに、なっ!!」


 男はガンテツ頭を掴み、無理矢理頭を下ろさせた。


「お爺ちゃん!!」


 アンジュは叫ぶ、俺も見ていられない。


「……」


 しかし、ガンテツは何かを言うでも無く。黙って頭を下げ続けていた。 


「おいジジイ! もっと声に出して謝れ! 誠意をちゃんと見せろよ!」

「……誠意は見せたが?」

「はぁ?」


 ガンテツは頭を下げながら続けた。


「ワシは、お主が不快な気持ちとなったことに対してをした。これで終わりじゃ」

「ふざけんなクソジジイ! 謝っただけで許されると思うなよ! ぇんだよ! もっとちゃんと誠意を見せろよ!」

「……お主の言う誠意とは何じゃ?」

「は? 何言ってんだよてめぇ」


 ……ッハ!? この流れ、俺は知っている!

 もしこの世界が現実の法律に近い物だとしたらガンテツは今まさに――

 と、脳内で驚いている間、女子二人は野獣のように敵意をあらわにしていた。


「あんの野郎! あの横柄な態度、マジで許さない! 炉の中に放りこんでやりたいわ!」

「ガルルル! 私あの人噛みたい! 噛んで良いよねイット!」


 二匹の野獣の襟を掴み何とか止める。


「大丈夫だ二人とも! ここはガンテツさんに任せた方が良い!」

「「なんで!?」」


 頭に血が上っている二人に俺は説明していくが、ガンテツさん達の話を聞いた方が早い。俺達はそちらに耳を傾ける。


「もう一度聞くぞ。お主の言う誠意とはなんじゃ?」

「そんなもん……俺の要求通り値段を下げるのが普通の店の対応だろ! それか謝礼金を払うとか、そのハードレザーをタダで寄こすとかあるだろ! あっちの店ならそれぐらいやってくれたんだぞ!」


 ああ……完全に言ってはいけないことを客は言ってしまった。

 ガンテツが続ける。


「それはワシ等を恐喝しておるのか?」

「は? ちげぇよ! どうしてそういうことになるんだよ!」

「安くしろ、はたまた金を出せ、あろうことは物を寄こせ。ワシ等店側は謝ったにも関わらず、納得いかないからという利己的な理由で金品を差し出すように要求する。これは犯罪じゃよ」

「はああ!? 俺はそんなこと言っていない! ふざけんなよクソジジイ! 被害者面も大概にしろ!」


 いや、この男は典型的なモンスタークレーマーの使う定型文を綺麗に使ってくれていた以上言っていない訳がない。

 言った言わない問題にする気か。


「それにお主、と申していたな。今回のようなことが前にあったということか?」

「今はその話は関係ねぇよ! 良いから慰謝料払え! さもなければ憲兵に訴えるぞ!」

「ふむ……そろそろ、そうした方が良いかもしれんな。話にならんわい」


 そう言うと、ガンテツは店に飾ってあった水晶を指さした。


「あの水晶は魔道具マジックアイテムじゃ。この店の内部映像と会話内容を記録する防犯装置じゃ」

「はっ!?」

「お主が言っていたことも記録されているだろうな。憲兵を呼んでくれるなら丁度ええわい。コイツを提出すれば、ワシ等が恐喝された証拠になるじゃろうな」

「ふ、ふざけんな! そんなの聞いてないぞ! ハメやがったな!」


 勝った!

 この恐喝を提出すれば何とかなる!

 俺は思わず拳を握った。

 怒りをあらわにする男に、ガンテツは溜め息を吐いた。


「お主は……まだまだ見習い冒険者みたいじゃな」


 彼の一言に男は驚く。


「は、はぁ!? い、今はそんなこと関係ねぇだろ!」

「お前の身なりを見ればわかる。スライム退治の依頼を受け、防具を溶かされたのであろう?」

「ッ!?」


 驚く男にガンテツは髭を撫でながら話を続けた。


「簡単じゃ、レギンスは付けておるのに鎧を身につけとらんじゃろ。しかも溶けた跡が残っとるぞ。スライムの身体には防具を溶かす酸が含まれてるからな、じゃが捕食されずに済んで良かったのう」

「……」


 男は悔しそうに黙っていた。

 反論しなかったと言うことは本当なのだろうか。


「見たところ、お主の実力では手に負えん相手だったのだろう? スライムはベテランでも油断ならない敵じゃ。冒険者ギルドの依頼を受けたのなら受付嬢に止められなかったのか? お主の適正に合わない仕事は止めに入るはずじゃが?」

「……っるせえんだよ」

「……どうやら強行したんじゃな、馬鹿な奴よ。どうせ名声を上げるために背伸びしてしまったんじゃろ?」

「……」

「図星か。仲間もおらん所を見ると死んでは……なさそうじゃな。見限られたというところか」

「……」

「感情的で頭の固そうなお主のパーティーは息苦しいそうじゃな。そのスライムの依頼を気に仲間達もお主から離れたいと――」

「うるせえって言ってんだろうがあああ!!」


 男は腰にさしていたショートソードを抜き、ガンテツへと振り下ろした。


「お爺ちゃん!」


 アンジュは気づき叫ぶ。

 だが、分かっていたかのように彼は動く。


「ふん!」


 横の棚に詰められていたショートソードを手に取り、そのまま男の剣をなぎ払った。互いの鉄が響き合い火花を散らす。

 そして、男が持っていた剣が真っ二つに砕かれ、折れた剣先が落ち虚しく響いた。

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