第40話 安くしろよ

「何でじゃねぇよ! 高いから安くしろって言ってんだよ!」

「ええ? 高いの?」

「そうだよ! 340Gだぞ! クソ高いんだよ! ぼったくりかよ!」

「えー……でもでも、さっきおじさんが、1200Gの兜を買っていったよ?」

「……はぁ? ソイツと俺は関係ねぇだろ? いいから安くしろよ! 他の店じゃなく、ここを選んでやったんだぞ! お客様は神様だろうが!」


 青年の正体は、どんどん要求が過剰になる典型的な悪質客だった。

 この世界にもいるんだな。

 コハルの加勢に行こうとするが、アンジュに裾を掴まれた。

 彼女は小声で呟く。


「もうちょっと様子を見ましょう」

「え!? いや、コハルを助けなきゃダメだろ!」

「いいから、聞いてて面白いからもっと続けさせて。危なくなったら私が行って上げるから……プクク」


 アンジュは笑いを堪えながら必死に止めてきた。

 コイツ……遊んでやがる。

 困惑するコハルだが怖じけづいている様子は確かにないので、とりあえず客のやりとりが続けさせた。


「いいから安くしろ! あっちの店では同じハードレザーが300Gだったんだよ! ぼったくりなんだからそれぐらいの誠意を見せろ!」

「そうなの!? ぼったくりなの!?」

「そうだよ! お前等は客を騙して商売してる詐欺師なんだよ! それを俺が教えてやったんだから感謝しろ!」

「そっか、教えてくれてありがとう! おにいさん優しいね!」

「は? お、おう……そうだよ。俺は優しいんだよ!」

「えーっと……お客さんのことを第一に考えて……そうだ、良いこと思い付いたよ! ここじゃなくて、あっちのお店で買えばいいんだよ!」

「……はぁ!?」

「お兄さんお金ないんでしょ? なら安い方で買った方が絶対良いよ! ご飯食べられなくなっちゃうよ!」

「ふ、ふざけてんのか! 誰が金がねぇだと!」

「へ? でも、お金が無いから安くしてほしいんでしょ?」

「ち、違……金はあるんだよ! こんなもん買う端金は持っているんだよ! でも、定価で買うなんて馬鹿みたいだろ? 損だよ損! 交渉すれば安くなるのに定価で買う奴は損した生き方してるの! 俺は損なんてしない賢い生き方してるんだよ!」

「ふへ? でも、さっきのおじさんは普通に買って行ったよ?」

「ソイツは馬鹿なんだ! そんな高い物を定価で買う奴は何も苦労してないボンボン生まれなんだよ! 俺みたいにちゃんとやりくり上手で、スマートな奴が最終的に世の中勝つように出来ているんだ! 俺はいずれ冒険者の名声を上げて最強の――」

「おじさんのこと馬鹿にしないで! 私の友達を馬鹿にする奴は許さないんだから!」


 コハルが突然怒り始めた。

 いや、流れとして突然ではないか。

 無自覚ながら正論のナイフで滅多刺していくコハルに、客がついに本性を現してしまった流れだ。

 察しの悪いコハルもコハルで怒らせてしまったのは完全にこちらの非だ。責任者も新人を放置した責任がある。

 現実世界なら大炎上だろうな。この世界にSNSが無くて良かったよ。

 だが、俺はコハルの意見に同意する。ウチの大切な顧客を馬鹿にしたアイツも大概だ。

 本音を言うと、俺もああいう偉そうな奴が昔から嫌いだ。あんな輩の言いなりになって物は売りたくない。

 それこそ、定価で買ってくれるお客様に申し訳がないからだ。

 コハルは敵意をあらわにするが、ついに客も堪忍袋が切れてしまった。


「てめぇ、なめてんのかゴラァ! 話にならねぇ! 店長だ! 店長を呼べ!」

「うるさい謝って! おじさんを馬鹿にしたこと謝って!」

「あああああああもうクソ! 本当にクソ! マジムカつくんだよお前! いいから店長呼べよ!」


 カウンターに隠れる俺とアンジュ。

 アンジュは腹を抱えて笑っていた。


「あー、面白い! アイツ本当にやるわね! よく言ったわ!」

「いやいや、笑ってる場合じゃないって! そろそろ本当に喧嘩になる! アンジュが行かないなら俺が行くぞ!」

「わかったわよ! 今から行くから安心しなさいってば!」


 流暢にアンジュは涙を拭いながら間に入っていった。


「はいはい、店長じゃないけどアタシが責任者ですよ」

「ああ? チンチクリンじゃねぇか! 店長出せって言ってんだよ!」

「チンチク……コホン。あのね。ここは値引きは一切しない方針なの。そこの子が言葉足らずで申し訳なかったけど、貴方の要求は飲めないから」

「そんな店あり得ないだろ! お客様あっての店じゃないのか! ドワーフは本当に頭が固くてダメだな、客をなめてやがる! 子供じゃ話になんないだよ! 店長を呼び出せ! 早くしろこの短足族!」

「アンタね! ドワーフに言ってはいけないことを知らないの! アンタよりアタシ、間違いなく年上だからね! ぶっ殺すわよ!?」


 こっちはこっちで一気にヒートアップしてしまったが、今の内にコハルを後ろから羽交い締めにして連れて行く。


「コハル! 後ろに下がれ!」

「いやああああああ! アイツ絶対許さないんだから!」


 力の強いコハルを何とか後ろへ持って行く。アンジュ達の様子を伺う。


「それにしてもアンタね! ウチの方針知らないでここに来たの? ウチは一切値引きしないお店で巷では有名なのよ!」


 その話は初耳だったが、確かに経営側としては良い方針だ。

 実際値引き続ける経営方針にすれば、長期的に考えるとデメリットが大きくなり店が縮小する傾向にある。

 何よりディスカウントショップ化は客層が悪くなり劣悪な環境になってしまうのだ。

 男は怯みもせずアンジュに言い返す。


「ふざけんな! 高いのに値引きしないとか頭大丈夫かよこの店は! 客をなんだと思ってやがる! こっちは買ってやるんだぞ!」

「何その上から目線! アンタ絶対モテないわね、この童貞! 安くしろ安くしろってネズミより小さい男に、売るもんなんて何一つ無いのよ! そんなに安いのが買いたかったら、服屋にでも行って厚着を買えば?」

「童貞は関係ねぇ!! うるせぇんだよクソチビ! てめぇ諸共この店を――」



「いい加減にせんか!!」



 言い合いの間に渇が入る。

 入り口には、ガンテツの姿があった。

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