第39話 買ってよ

『……』


 寡黙な常連ロジャースさんは、坦々と並べられた防具を見ていた。

 それにしても体格が大きく、歴戦の戦士のような風格を出していた。

 これが冒険者なのかと、遠目で見ていた。


「……ん?」


 すると視界の端から、バンダナを付けスカートの中で尻尾が動いているのが分かる後ろ姿が映った。


「は!?」


 コハルだった。

 横で寝ていたはずのコハルが、いつの間にかロジャースさんに向かって行ったのだ。

 コハルはキョトンとした様子でロジャースを見上げ、気付いた彼も彼女を見下ろす。


「おじさん……誰?」

『……』


 いきなり失礼な態度に俺は慌てて止めに行こうと思ったが、すぐにコハルは気付いた様子で話を続けた。


「もしかして、お客さん!?」

『……ああ』

「やったー! お客さんだー! おじさん冒険者なの?」

『……ああ』

「すごーい! 強そうだもんねおじさん!」「……まあ」

「今日はどんな仕事してきたの?」

『……ワイバーンの群れを……少々』

「すごーい!? わいばーんってなに!? 強いの!?」

『……ああ』


 なんだか会話が弾んでいる……ように聞こえる。最初はどうなるかと思ったが、もう少しだけ様子を見よう。


「おじさん一人で倒したの!? 凄いね!!」

『……ああ』

「でも、大変だったでしょ? 怪我とかしなかったの?」

『……まあ』

「そっかー、良かった! でも今度から一緒に行ってくれるお友達とか呼んだ方が良いよ。怪我したら危ないよ」

『……』

「おじさんどうしたの?」

『……居ないんだ』

「へ?」

『俺は、顔が怖いって言われるから……いつもフルフェイスを被っているんだ。でも、人と……会話するのが……苦手で…………今まで一度たりとも、友達や……パーティを組んでくれる仲間も……恋人だって居たことのない……童貞なんだよおおおおおおおおおうおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 いかん!

 何かロジャースさんのコンプレックスを掘り当ててしまったみたいだ。俺は急いでカウンターを跨いで駆けつけた時だった。


「大丈夫だよ、おじさん! 私がお友達になる!」

『え?』

「え?」


 コハルの言葉に、俺とロジャースさんは固まった。


「私が、おじさんの友達になるね! だから元気出して!」

『い、いや……』

「それに、おじさん優しい人だから、もっと沢山お友達が出来ると思う!」

『そ、そんな……顔がキモいと女性冒険者に言われた俺が……そんなこと出来るわけ』

「うーん……そうだ! おじさん、良い物があるよ!」


 コハルは棚に置いてあった値段の高い兜を取り出した。


「この兜、かわいいから被ってみてよ!」


 それは、ドラゴンの鱗を素材として作られたドラゴンフェイスという兜だった。形状もドラゴンの頭を模して作られており、口のような開閉部分が用意され、そこからポーションが飲めるようになっている。

 見た目は……可愛くは無い。

 そうこうしている間に、ロジャースさんにドラゴンフェイスを被らせるコハル。そして鏡の前に立たせて見せた。


「ね! 可愛くなったでしょ!」

『……』


 ロジャーズさんは鏡の前でいくつかポーズを取って確認している。

 正直言うと、昔特撮映画で見たメカゴ○ラにしか見えないのだが、この世界でこのネタは通じないであろう。


『……可愛い……のか?』

「可愛いよ!」

「いや……可愛くはないと思います。どちらかというと強そうに見える」


 ようやく二人の間に割って入れた。

 二人が俺に目線を向ける。


「コハルその薦め方はあんまり良くないぞ」

「え! でもこの兜の方が可愛いよ! おじさんに似合うよ!」

「確かに俺も悪くないとは思うけど、自分の価値観を相手に押しつけて売るのは良くないことなんだ」

「え、でも、おじさんが困ってたから……」


 コハルが善意で話していたのは分かる。

 だが、一応生前こう言った問題と向き合う仕事だったからこそちゃんと注意しなければならない。


「コハルの気持ちも分かる。だけど、もしこのドラゴンフェイスを被れば皆から可愛いと言われる期待をしてロジャースさんが買ったとするよ。次の日から被ってみて、俺みたいに可愛いと言われなかったらどうするんだ? それどころか、もっと怖がって近づかなくなってしまったら、ロジャースさんが可愛そうなことになるんだ」

「そ、それは……そうだけど……」

「そうなったら、コハルはロジャースさんに嘘を吐いてしまったことになるんだよ。コハルが嘘を吐いていないし良かれと思ってやったのに……そんな辛いだろ?」

「うん……そうだね……」


 この世界にコンプライアンスなんて概念は無いかもしれないが、商売という形がある以上危険な販売方法は避けるべきだ。

 働いている以上、信用を無くすような真似は出来ない。

 本当はコハルを叱りつけたくないが、これはコハルを守ることにも繋がる。

 心を鬼にしなければいけない所だ。

 俺は改めてロジャースさんに向き直る。


「ロジャースさんすみません。話に上手く乗せてしまった形にしてしまって。それでもこの子は、決して貴方のことを騙そうとしていた訳ではないんです。それだけは理解して頂けないでしょうか」

『……』

「そ、その……ごめんさい、おじさん。私、頭が悪いから……おじさんのことを傷つけるようなことしちゃって……」


 涙目で頭を下げるコハル。

 俺も一緒に頭を下げる。

 しばらく沈黙が続くと、ガシャリとロジャースさんが頷く。


『……わかった。この兜をもらおう』

「「え!?」」


 いきなりの申し出に俺達は、驚きの声を上げてしまった。

 俺は思わず聞き返す。


「え、失礼なことをしたのにいいんですか!? でも、これ1200Gで他のより結構割高な気が……」

『構わん、金ならある。物は良いのだろ?』

「た、確か鉄よりも堅い素材って聞いてますけど……」


 俺に続き涙目で慌てふためくコハルも止めに入る。


「で、でも! それで、おじさんに友達が出来なかったら……」

『……気にするな。君が俺なんかのことを考えて話してくれて、巡ってきた代物。これも何かの縁ということだ』


 ロジャースさんは、コハルの頭を軽く手を置いた。


『それに、挑戦しなければ失敗することすらできないからな』


 そう言うとカウンターまで歩き、またパンパンに張った金袋を置いた。


「はい、終わったわよロジャースさ――」


 丁度良くアンジュが出来た所で、ロジャースが一言。


『この兜を下さい』

「え? あ、ありがとうございます?」


 ドラゴンフェイスを被り、剣を背負ってロジャースさんは出て行った。







 事の顛末をアンジュに説明した。


「コハルも中々やるじゃない! アンタ接客の才能あるのかもね!」

「う、うん……」


 いつになくしおらしいコハル。

 きっと、自分が売った商品がロジャースの役に立てるのか不安なのだろう。

 その気持ちは分かる。

 商売は売ってなんぼかもしれない、自分がオススメした商品で、買った人が不幸になってほしいくないとは心から思う。

 しかし、そんなことを一人一人に考えているといつか心が折れてしまう。

 俺はコハルに話しかけた。


「大丈夫だコハル。ロジャースさんへの気持ちは伝わってたみたいだ。きっとロジャースはダメだったとしても怒らないよ」

「そう……なのかな……」

「ああ、販売員のプロだった俺が言うんだから問題ない!」


 珍しく自信ありげな様子の俺を見て、コハルは「ありがとう!」と笑ってくれた。その様子にアンジュはジッと俺のことを見る。


「ふーん……」

「な、なんだ?」

「……転生者って話、割と本当なのかなって思っただけよ」


 信じていなかったのか。

 まあ、当然と言えば当然なのだが……

 そんな談笑をしていると、出入り口から足音がする。

 見るとそこには鎧を身につけていない人間の青年だった。茶髪に釣り上がった目と猫背が相まって風体の悪さが窺える。


「いらっしゃいませ!」


 コハルの声に見向きもせず、青年は棚に掛かったハードレザーの前へと立った。

 しばらく値札を見ると、こちらに声をかけてきた。


「すみませーん!」


 コハルは元気良く「私、もう一回行ってくるね!」と駆けて行った。

 成長姿に俺達が微笑んでくると、彼女には荷の重い案件が降ってきたのだ。


「すみません。このハードレザー、高いんで安くしてくれませんか?」

「……へ? なんで?」

「はぁ!?」


 男の威圧に、和やかな空気が一気にぶち壊しとなった。

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