第38話 6年前の尻拭いよ
アンジュから棚の隅から隅まで全部教えてもらった。
武器の種類や防具の種類。
材質による変化と多様性。
デザイン性によっての他店の特色等。
一気には覚えられない情報量だったが聞いてて楽しかった。
前世で販売していた雑貨品よりも、やりがいを感じてしまいそうな物品の数々だ。
何だろうか、アンジュの話を聞いていて思ったのが、ここにある商品は複製されているものの、一つ一つが鍛冶場で一から作ったオーダーメイド商品であるが故に商品に対しての愛情が凄い。
彼女の話を聞いていると情熱が伝わってくるのだ。
「これは、しっかり実績を作らないとな」
改めて、俺は意志を固めた。
少なくとも、この店の人は商品に愛着を持っている事がわかった以上、手伝いたいという気持ちは人情だろう。
せめて、飯代分は働かないと!
日も暮れ、橙色空が染まる。
遠くでカラスのような鳥の鳴き声が聞こえてくる。
俺はカウンターの中で汗が頬を伝わって行くのを感じた。
「誰も……来ない」
俺の左ではカウンターに突っ伏してコハルが寝ており、右ではムスッとしたアンジュが椅子に座っていた。
「最近はこんな感じよ。ちょっとこれは来なさ過ぎだけど」
「そうだよな……外も人がまばらだし、立地が悪いのか?」
「たぶん違う……単純にお店が増えたのが原因よ」
「お店が増えた?」
「そう、8年前に国王直属の貴族の所で勇者が産まれたことが発覚したんだってさ。アンタと同じ転生者ってことよね。その頃からこの街に冒険者が増えだしてね……」
「勇者か……」
明らかにロイスの話だ。
疑っていた訳では無いがベノムの言っていた話はやはり真実みたいだ。
ロイスはこの街にいる。
後でちゃんと探しておかないとな。
「そう言えば、アンタも転生者なのよね? 何で転生者が二人もいるの? 伝承上だと一人だけ現れるってことなのに?」
「そんな伝承があるのか。まあ、その……その話は長くなるから今度話すよ」
「……あっそ。それじゃあ話を続けるけど、それから後にこの国にとってちょっと大きなとある事件が起こったのよ」
「事件?」
「ええ、商業ギルドの副会長が別荘で殺されたの。魔物の襲撃に遭ったって話だったかな、確か」
「……え」
何か嫌な点と点が繋がった気がした。
商業ギルドの副会長。
が別荘で殺された。
魔物の襲撃。
それって……
「その事件の後に商業ギルドの役員が入れ替わったのかもね。一年後に営業権に関する国の法律が緩くなったわ。元々ちょっと古株優遇で新規産業は入りにくい環境だったから、それ自体は良いことだと思うけど、その影響で冒険者市場がより活性化したのよ。冒険者も更に増えたし、武具屋や薬屋、そして宿舎の数がここ数年で一気にね」
これって、もしかして俺達の影響なのか。
俺や魔物を捕らえていたあの変態城主のことだよな?
アイツが死んだのを切っ掛けに、アンジュやガンテツさんの店の売り上げが傾き始めたのか。
「……」
「何よ? また押し黙って」
「あ、い、いや、何でもない」
俺のせいでこの人達は苦しんでいるのか……いや、アイツを倒さなければ俺達に命がなかったかもしれないのだ。
このことは言わないし考えないことにしよう。言ったところでどうしようもない。
俺は自身の思考を振り切り話を続けた。
「つまり、店が増えて客の取り合いになっているってことか」
「そういうこと、宿の近い所や
「でも、このお店って昔からやってたんだよな? 多少お客さんが減るだろうけど、常連みたいな人もいるんじゃないのか?」
常連というのは、店をひいきにしてくれるお客さんのことだ。リピーターとも言う。
常連が居れば利益の固定化に繋がる大切な顧客だ。
「常連ね……いるにはいるけど……」
「どうしたんだ? 急に自信が無くなったみたいに」
「……まず、この冒険者市場っていうのは常連が付きにくいのよ。ほとんどの冒険者が違う国や街へ転々とする職業だからね」
「ああ……」
確かにな。
相手にする客は近隣に住んでいる人間でない可能性が高いのか。
「常連になるお客は、この街をしばらく拠点にした冒険者グループ、もしくは力を付けるために修行する新人。後はここに住む冒険者を引退した傭兵業の人達よ。ウチはどちらかというと傭兵業の人達が多いかもしれないわね。ま、両手で数えられるぐらいかもしれないけど」
「それぐらいか……でも、それだけ居るなら……」
「逆にそれだけの人しか買う人が来なくなったのよ」
常連しか買わない。
新規顧客が入って来ないのか?
何でだ?
その理由と原因を聞こうとした時、店の入り口から物々しい足音が聞こえた。
見てみると、入り口から甲冑に顔の見えない鉄の兜で全身を覆い、バスターソードを背負った背の高い人物が入ってきた。
入ってなり、そのままカウンターの前へとやってくる。
「い、いらっしゃいませ!」
「あー、ロジャースさん。また武器の修理?」
『……』
アンジュにロジャースと呼ばれたフルプレートアーマーの男(?)は、無言で頷く。
背負っていたバスターソードをカウンターの上におき、金が入っているであろう膨らんだ革袋も一緒に置いた。
「あー、イット。この人が常連さんのロジャースさんね。それとロジャースさん、この子達は新人の子達だから気にしないで」
「は、初めまして! イットと言います! こっちの寝てるのはコハルです!」
『……ああ』
低い男性の声がフルフェイスの兜の中から聞こえてくる。
アンジュはバスターソードを念入りに調べ両手で抱えた。
「これならすぐ直せそうね。料金も安く済みそう。少しウチの商品でも見て待ってて」
『……』
「それじゃあイット、後ろで直してるから何かあったら呼びなさいよ」
「わ、わかった」
そう言うとアンジュは後ろの鍛冶場の中へ入っていった。
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