第43話 アンジュの両親よ
そんなこんなで四日程の時が流れた。
確かにこの「ガンテツ屋」の売れ行きはあまり好ましくはなかった。
一日の来店数は指で数える程。
しかし、売れなかった日はない。
客が来ない時は掃除と武器のメンテナンス、それに弓矢の作り方も教えてもらう。
客が来なさすぎて、俺達はドンドン矢作りの技術が上がり、アンジュに複雑な表情をさせていく一方である。
「……」
作業中にふと、自分のやっている仕事に疑問を持つ瞬間があった。
今自分の作っている矢の1本が、誰かの命を奪うのだと。
ここは大雑把に言えば魔物を倒す道具を売る仕事だ。
どうしても、ラミアの……俺の育ての親であるマチルダ、あの牢獄にいた魔物の皆のことを思い出してしょうがなかった。
もしかしたら、自分の売った武器で彼女達の命を奪ってしまったら……そう思うと、自分のやっていることは何だったのかという思考がのしかかってくる。
あれから6年経ち、彼女達の声も思い出せない程目まぐるしい環境の変化。
俺とコハルは、こうして人族の中で生きているが、彼女達はちゃんと生きているのだろうか。死んでいないだろうかと思いふけってしまう。
「ちょっとイット、手が止まってるわよ」
俺の目の前で矢先を削っていたアンジュが声を掛けてきた。
「あ、ああ……ごめん……」
「なに? もしかして疲れてるの?」
「大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだから……」
「……あっそ」
ふーん、と目を細めるドワーフ少女のアンジュ。何だかんだで、ツンケンしつつも俺達のことを心配してくれている。
経営もあまり好ましくないのに、有り難い限りだった。
「見て見て二人とも! 上手く出来たよ!」
俺の横で矢尻を付けていたコハルが完成した矢を見せてくる。
言葉通り上手く出来ているようで、アンジュも頷きつつ。
「まあまあね!」
と、褒め言葉を授かることが出来た。
良かったなコハル。
「ありがとう! そう言えば、アンジュちゃん!」
唐突にコハルが、アンジュに質問する。
何よ、と彼女も聞き返すとコハルは話し始めた。
「アンジュちゃんは昔からここで働いてるの? ガンテツ店長みたいに鍛冶も出来るし、矢の作り方も知ってるし! 小さいのに凄いよね!」
「小さっ……今のは聞かなかったことにしてあげるわ。そりゃあ鍛冶屋の娘とし産まれたから当然よ。まだまだ鍛冶製鋼は見習いだけど、いずれお爺ちゃん以上の鍛冶職人になるんだから!」
意気込むアンジュに、俺も頬が緩む。
俺には彼女のように真っ直ぐ迎える夢がなかった。
生前の俺が語った夢なんて、自分に価値を見い出そうとしたお粗末な残骸だ。
言葉では目指していると言っても、結局自分になれないのだと現実が教えてくれた。
今のこの「イット」という俺も、世界を救う勇者という押しつけられた大義名分の為に行動している。
正直……心の底からやりたいことではないのではないかと、思っていたりした。
だからこそ、アンジュのように真っ直ぐ将来を言える人は羨ましい。
物思いにふけっていると、コハルがアンジュに話しかけていた。
「アンジュちゃん」
「何よコハル? もっとアタシのことを褒めても良いのよ?」
「そう言えば、アンジュちゃんのお父さんとお母さんはどうしたの? 違うところにいるの?」
「お、おいバカ!」
コハルの無神経な言葉に、思わず俺は割って入った。
「す、すまないアンジュ。コイツ、悪気があって聞いたわけじゃ……」
分かっていない様子の俺達を見たアンジュは、一つ溜め息を漏らした。
「良いのよ。隠していたつもりはないし、話すタイミングなんてなかったもの。私のお父さんは、物心付く前に死んじゃったわ。お母さんも私が幼い頃に事故でね。その後はお爺ちゃんと二人でここに暮らしているの」
アンジュの話を聞いて。流石に察したコハルは耳を折りたたむ
「ご、ごめんねアンジュちゃん……へんなこと聞いちゃって……」
「だから良いってば、昔のことなんだから。それに、この鍛冶場はお爺ちゃんとお父さん、それにお母さんが経営してた店なんだ。だから私がしっかり後を継がないとね!」
やはり、彼女は根が強い良い子だ。
年齢は35歳だけど。
とても前向きで、彼女みたいな生き方を俺もしてみたいものだ。
すると、アンジュが思い出したように目が釣り上がっていく。
「それなのに、あの小賢しいスカウトギルドのベノムの奴……地主だからって大切な店を娼館にしたいだなんて、腐ってるにも程があるわ! これだからエルフは嫌いなのよ!」
矢先を研ぐナイフに力が籠もる彼女のナイフが、こちらに刺さってきそうで怖かった。
「な、なあ、ベノムさんとアンジュ達ってどういう関係なんだ?」
「はぁ?」
「い、いや、答えたくないなら良いんだけど……」
「……単純よ。アイツがスカウトギルドであることは知ってると思うけど、ここの地主でもあるの。お爺ちゃんと知り合いみたいで、この店を優遇してくれてたみたい。でも、売り上げが悪くなった途端、手の平を返したようにあの態度。本当耳長族って腹黒ばっかりよね」
確かにベノムはメリハリが付いている。
まさかボランティアで、この店を優遇し続けていた訳ではあるまい。
「ガンテツさんと知り合いだったって、友人だったってこと?」
「さあ、そこまでは。あ、でもね。これはアタシの予想なんだけど、ウチのお爺ちゃんって、巷では凄腕鍛治士って有名なよ。一時期国のお偉いさんにもお父さんと一緒にお呼ばれすることもあったんだって」
「へー、ガンテツさんと君のお父さんってやっぱり凄い人なんだ」
「そうなのよ、何でも昔アンタより前の歴代勇者に頼まれて魔王を倒す為の伝説の武器を作っていたみたい。その技術を国が今後の魔王対策として提供してほしいって話みたい」
「歴代勇者……それと伝説の武器か……」
その話が本当なら、ガンテツさんは本当に凄い職人だったのか。
しかも、俺より前の勇者と関わりもある。
一度ちゃんと話したいな。
今度はコハルが質問する。
「ガンテツ店長って怖いけどやっぱり凄いんだね! ねぇねぇ、その伝説の武器ってどんな武器なの?」
「さあ、アタシにも話してくれないから知らないわ。お爺ちゃんは頑なにそのことを隠そうとしているみたいでさ」
「そっか……やっぱり強い武器なのかな? 剣とか槍とかかな!」
「わかんないけど、アンタ武器の性能とか興味ないでしょ? いつも装飾品が可愛いかどうかばっかりの癖に、どうしたのよ?」
「だって、イットもいずれ伝説の武器を持った勇者になるのかなって思ったからさ! もっとカッコ良くなるかなって!」
「え……俺が?」
不意に俺のことを褒めてきたコハルに、少し照れてしまう。
馴れていないんだ、こういうの……
アンジュと目が合うが、フンと鼻で笑い。
「こんなモヤシが槍とか大剣を振り回してる姿なんて想像できないわ」
「うーん……そうだよね! やっぱり私もそう思う!」
コイツら……
この怒り手に持った矢に込めてやる!
女子達に笑われながらも、俺は矢を作る作業に没頭した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます