第36話 面接よ
「……」
「……」
「……」
「……」
食卓には四人の沈黙が横たわっていた。
ベノムは「ちゃんと仲良くやってよ」という投げやりな一言を据えて出て行った。
残された俺とコハルとドワーフ家族は、気まずいままとりあえず食卓に通され湯飲みも出される。人懐っこく明るいコハルも先ほどのやりとりで警戒し白髭ドワーフを睨み付けていた。
「……」
このままでは日が暮れてしまう。
何か俺がここで話さなくては!
と思った矢先、口を最初に開いたのは白髭ドワーフだった。
「すまんかったな坊主……急に掴みかかってしまって」
「え!? い、いえ、それは別に」
「ワシの名前はガンテツ。この子は孫娘のアンジュじゃ。よろしく頼む」
そう言うと、ガンテツは席を立ち外へ出て行こうとする。
それに対して孫娘と言われたアンジュは、驚いたように引き留める。
「ちょっとお爺ちゃん何処行くのよ!?」
「少し外に出る。コヤツ等はここで預かっても構わん。どうせワシ等に選択肢など無い」
そう言うと、ガンテツは外へ出て行ってしまった。一連の流れにアンジュは机に肘を突き頭を抱える。
「もう! こんな時にいったいどうすれば良いのよ……」
いたたまれなくなった俺は、アンジュに声を掛けることにした。
「あの……いきなりお邪魔してしまって……すみません」
「……なんでアンタが謝ってるのよ」
「いや忙しい時に、いきなり俺達を押しつけられて、その……申し訳……」
「別にアンタ達のせいじゃないから気にしなくて良い。どうせ、あのベノムに無理矢理連れて来られたんでしょ?」
その通りだが、だからといって俺達が迷惑を掛けている変わりなかった。
「それでも……上手く言えないけど、こうなった以上は俺達にも責任があるというか」
「責任?」
「ああ、とにかくタダ飯を食わせて欲しいとは思っていない。だからここで働かせてほしいんだ」
元からベノムにここで働けと言われていたのだが、物は言いようだ。
俺達にここの大黒柱であろうガンテツが良い印象を持っていないのならせめて誠意を見せなくては。
俺のことをじっと意志の強そうな目で睨み付けるドワーフ少女アンジュ。
先ほどまとめていた赤い髪を解き綺麗な長髪を見せている。
ベノムが言っていた通り顔は可愛い。
「あっそ……子供の癖に少しはやる気があるみたいね。アタシの名前は改めてアンジュね。見ての通りドワーフよ。さっきのガンテツは私の祖父で、一緒にここで暮らして生計を立てているの。アンタ達名前は?」
そう言えば名前を名乗っていなかったのを思い出す。
「俺の名前はイット」
「え、えっと、コハルです!」
「イットとコハルね。アンタ達仕事の経験はある?」
「俺は……この世界ではないかな」
「この世界では?」
話が長くなるなるので、信じるか信じないかはさておき俺の経緯をアンジュに話した。
「……そう言えばベノムが言ってたわね。アンタが転生してきた勇者だって。そんな風には全然見えないけど」
俺もその自覚はあるので何にも言い返せない。続いてアンジュがコハルに訪ねる。
「それでコハル。アンタは何か仕事したことある?」
「仕事?」
「そうよ。アンタも転生者なの?」
「ううん、違うよ。私はワーウルフっていうんだって」
「ワーウルフ!?」
コハルは、ナチュラルに自分の正体を明かす。確かに今後一緒に住むのなら隠していたってしょうがない。コハルにバンダナを取り大きな獣の耳を見せると、アンジュは更に頭を抱えた。
「ここは護身の為に魔物を倒す道具を売ってる場所よ。なんで魔物がその店で働くのよ」
「あ、ああ、凄くごもっともな意見だけど大丈夫。コハルは人懐っこくて襲ったり噛みついたりしないのでそこら辺は!」
「うん! 悪い人にしか噛まないから安心して! アンジュちゃん!」
「……どうだか。もしトラブルでも起こしたらすぐに追い出すからね」
疑いの眼差しを向けるアンジュは続ける。
「一応確認するけど、二人とも鍛冶の経験はある?」
この質問に俺達は首を横に振るしかない。
アンジュが続ける。
「それじゃあ、お金の計算は出来る?」
「それは俺が出来る。コハルはどちらかというと力仕事の方が得意かもしれない」
「まかせて! 荷物持ち得意だよ!」
実際コハルは教会に居た頃、遊び半分で俺を抱えて2階に投げ込み、見事成功させた経緯がある程の腕力を持っている。
一人の時は壁を蹴って木に登れるほどの跳躍力と身軽さも見せてくれた。
これも魔物の力だろう。
しばらく俺とコハルを見比べたアンジュは一つ頷く。
「よろしい! アンタ達が使えるかどうかは分からないけど、なってしまったものはしかたないわね! 楽な仕事なんてさせないから覚悟しなさい!」
「それじゃあ、ここに置いてくれるてことか?」
「やったー! ありがとうアンジュちゃん!」
「仕方ないでしょ。ベノムが送り込んだってことは、このお店に影響をだしてくれるかもってことだろうし。期待していないけれど頑張りなさいよ!」
アンジュはこの店内の説明をしてくれた。
「ここのリビングで食事の用意はしてあげる。ドワーフ好みの味付けだけど我慢して。厠は鍛冶場の向こう側。あと、2階に空き部屋が1つしかないから二人で使いなさいよ。二人でその……変なことしてたら追い出すからね!」
「変なこと?」
「うるさい! 追い出すからね!」
プレッシャーがのしかかるが、後は成り行きに任せるしかない。
とりあえず、衣食住も確保出来て一安心だ。残りの問題はガンテツさんのことと、このお店の経営状態についてだけれど……
……
「なあ、アンジュ……ちゃん?」
「気持ち悪いから呼び捨てで良いわ。それか年上を敬ってアンジュさんでも良いわ!」
「年上?」
「そうよ、アンタ達年齢は?」
「えっと……俺はたぶん10歳ぐらいだと思う。コハルも――」
「私もそれぐらい!」
「だろうと思った。人間達は短命種だからね。見た目が同じぐらいだとアタシ達の方が年上の場合が多いのよ」
俺達より背の低い少女は勝ち誇った顔を見せた。
「アタシは35歳!」
俺の精神年齢と同じじゃねえか。
人間で言ったらアラサーで、女性は結婚しているかどうかで人生がハッキリと分かれる時期だ。
やはり、異種族の年齢概念はわからん。
「それでイットだったっけ? 聞きたいことがあるんじゃないの?」
「ああそうだった……その、こんな状態で聞くのも野暮なことは分かっているんだけど……」
「何よ?」
「君は、俺が転生者だってことを気にしないのか?」
正直空気を壊すかもしれないから聞くことはあまり得策では無いのは理解している。
だが、自分が転生者であることを知られて良い思いをしたことがなかった。
ベノムの時も、先ほどのガンテツも――
そして、当然だが良くしてもらった魔物達でも、俺の正体を教えた時に驚いていた。この世界を救う勇者だと言うのに、魔物所か人間達も勇者を嫌っている者が多い気がした。
その理由をこの子から直接聞きたいのだが、こう……もっと互いのことを理解してから聞こうと思う。
だからせめて、彼女も……俺のことを嫌っているのかを確認したかった。
そうすれば、
「……何でそんなことを聞くのか分からないけど。アタシもお爺ちゃんと同じで、転生者は恨んでる」
「……そうか」
「でも、さっきベノムが言ってた通り、別にアンタを恨んでる訳じゃないから気にしなくて良いわ」
「……え」
アンジュは、何故か自信に満ちた笑みを見せる。
「何かアンタ達もいろいろあったみたいだけど、アタシはそういう過去がどうとか、立場がどうとか気にしないよ。この時、今居るこの瞬間が一番大切だからね」
「アンジュ……」
「だからアンタ達を転生者だとか、ワーウルフだからって容赦してあげないわ! これからガンガン扱き使ってやるんだからね!」
これは……彼女なりに気を遣ってくれたのかもしれない。コハルと顔を見合わせると、彼女もアンジュの気遣いを感じ取ったようで、笑顔で頷いた。
「アンジュ、ありがとう」
「……え!?」
「正直ここで迷惑かけないかとか不安だったんだ。君みたいな人が居てくれて良かった」「べ、別にそういうの良いから! さあ早く仕事の準備するわよ! 予備のエプロン持ってくるからちょっと待ってなさい!」
そそくさとアンジュは鍛冶場へ向かった。
「何か、頑張れそうだねイット!」
コハルもやる気を出しているみたいだ。
もちろん俺も、自分が出来る限りをやろうと決意する。
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