ステージ2:商業戦線

第35話 ドワーフよ

 中世ヨーロッパ風の街並み。

 中世ヨーロッパ風の服装。

 中世ヨーロッパ風の屋台や馬車。

 空想で思い描いたようなファンタジーの街がここにあった。


「凄い! 人が沢山居るよ!」

「ほら、コハルっち! あまり離れるんじゃないよ!」


 赤いバンダナがキョロキョロと動き周り、コハルを見失わなずに俺達は歩いく。

 リードを付けておきたいと思えたが、コハルがはしゃぐ気持ちもよく分かる。

 俺も内心ワクワクが止まらないのだ。

 何故この古い洋風の街並みは、冒険の始まりのような空気を楽しませてくれるのか。俺も店先で並んでいる見たことのない珍妙な商品達に心奪われる。


「まったく……その内珍しくも何ともなくなるんだから、さっさと行くよ。後で好きなだけ見に行って良いんだからさ」


 ベノムはウロチョロするコハルを捕まえ、余所見をする俺の腕を掴んで歩き続けた。







 大通り沿いにあった路地を進み、更に人通りが少ない道を進んだ。

 少し空けた道に出ると、凹んだ鎧や怪しげな外套を羽織る独特な雰囲気の人々が多いことに気付く。

 時折、二足歩行したオオトカゲにウサギの耳が生えた女性。三、四頭身程の背の低い変な集団が横切って行った。


「もしかして、この人達って……」

「お察しの通り冒険者さ。名声や金、はたまた魔王を倒す英雄を目指す勇敢な馬鹿共だ」


 酷い言いようだが、確かにまともとは少し掛け離れた雰囲気だった。

 悪く言うとゴロツキのような……







 人通りが疎らな路地先の通り。

 盾や剣を壁に飾る一件の店があった。


「えーっと……ガンテツ屋?」


 店の右から一文字ずつ看板を読み上げる。


『そう、ここが君達に再建して欲しい武具屋だよ』

「うわっ!? いつ着替えたんだ!?」


 ベノムがいつの間にか黒いマントにガスマスクを付け、店の中に入っていく。

 俺とコハルも後に続き中へ入る薪が燃え残った匂いと鉄の匂い。

 外からの光で、店中武具達が銀色に輝いていた。


「わー! 何かカッコいいね!」

「ああ……こう改めて見ると何て言うか……少年心をくすぐられるな!」


 俺達がはしゃいでいると、奥から嗄れた声で話しかけられた。


「何じゃい……客かと思いきや地上げ屋ベノムか。童なんぞ連れ追って何の要じゃ、冷やかしなら帰れ」

『せっかく着たのに寂しいねぇー、お姉さん泣いちゃいそうだよ』


 ベノムのふざけた態度はさておき、落ち着いた声の主に目を向ける。立派な白髭に白い髪、三頭身程の背の低いずんぐりむっくりな老人がカウンターの前に立っていた。


「もしかして……ドワーフ?」

「そうじゃ……坊主、ドワーフを見るのは初めてか?」


 俺は頷く。

 ファンタジーに出てくる種族と言えば、エルフに続き有名なのはドワーフだ。

 いろいろな亜人に会ってきたが、有名人に会ったような嬉しい感覚があった。

 話していると、更に奥の方から声がした。


「ちょっとお爺ちゃん? 矢尻のストック無くなっちゃったから作らないと……」


 今度はカウンターの奥から背の低い少女が現れた。彼女もドワーフなのか、可愛らしい顔立ちに奇抜なのに不思議と違和感の無い赤い髪をまとめ、そして煤汚れた分厚いエプロンを着ていた。

 少女は俺達を……主にベノムを見るなり表情が一変する。


「べ、べべ、ベノム!? アンタ何しにきたのよ! ま、まさか、お爺ちゃんのお店を潰しにきたの!?」

『やあ、元気にしてたアンジュ? 大丈夫、まだ潰しにきた訳じゃないから安心しな』

「まだって何よ!? ふざけないで! 用がないなら出て行ってよ!」

『地主にその態度は無いでしょ。私だってちゃんと売り上げ出てるなら、極力君達に要なんて作らないよ。でもそうじゃないよね?』

「そ、それは……前と状況が違うし……」

「……足下を見よって」


 ベノムの言葉にドワーフ二人の表情が曇る。それにベノムは笑って済ました。


『やだな~、毎月の売り上げの二割を上納すればこの敷地やもろもろ全てを貸すなんて友達金額も大概な程の支援をしているんだからさ、お礼は言われても悪態を吐かれる覚えは無いんだけど?』

「どうだか。ワシには人の弱みにつけ込んできたハイエナエルフにしか見えないが?」

『あ~あ、そう言うこと言っちゃうんだ? お姉さん悲しいわ~、そんなことでいいのかな~?』


 話半分で聞いているが、毎月売り上げの二割で土地代とかを全てまかなってくれるなら、確かに良心的だなと思ってしまう。

 あくまで売り上げの四割以上を上納する現実のコンビニと比べたらだけれど。

 ケラケラと笑うベノムは、悪魔のような言葉を呟く。


『良いんだよ、この店を潰しても。私はここに娼婦小屋を建てた方が儲かるじゃないかなと最近思っててね』

「な!? しょ、娼婦ですって!?」

『ちょっと前に魔物を性奴隷にしてるマニアック奴が居てね。最初は嫌悪感があったけど、よく考えてみたら金になりそうだなって思った訳よ』


 そして、ベノムは赤い髪の少女を指さす。


『アンジュ、君も顔はそれなりに良いし、その時は宜しく頼むよ。ドワーフの娼婦っているようで案外居ないらしいから宣伝に』

「ア、アンタね! どこまで私達のことを――」


 アンジュと呼ばれた少女が言い終える直前、何か鉄の塊が横切り壁にめり込む。

 見ると金槌がレンガに突き刺さっていた。


「我らが誇り高き種を魔物扱いした挙げ句、孫娘に娼婦をやれと。小娘如きが、ワシ等を馬鹿にするのも大概にせい」


 落ち着いた声色だが、白髭のドワーフの目に殺気が籠もっていた。

 先ほどから蚊帳の外にいる俺とコハルは、売り物の大盾の後ろに隠れて様子を見ることにした。

 ベノムは怖じ気づくことなく、寧ろドワーフ達に近づいていく。


『半分は冗談だって。そんなに怒らないでよ。君達は私達スカウトギルドのとても貴重な戦力に入っているんだからさ。これまで自由にやらせてやっているのも、私達が君達の我が儘を聞いてること位は意識してほしいんだってば』


 そのままカウンターに紙を一枚差し出す。

 ドワーフ達が目を通すのを確認するとベノムが続ける。


『でも、半分は冗談じゃ済まないぐらい売り上げが落ちてるのは事実。このまま赤字が続けば、スカウトギルドの支援金の負担が半端じゃなくなるの。さすがに頭が固いって言われてるドワーフでも、この数字見れば分かるよね? 娼婦小屋を造りたいって言ってる意味も分かるでしょ?』

「「……」」


 渋い顔を見せるドワーフ達に、ベノム一つ息を吐く。


『勇者の被害者である君達を卑下に扱ったりはしない。出来れば穏やかに過ごさしてやりたい気持ちはあるけど、それも金が続く限りなの。この状況を打開する方法は何か考えてあるわけ君達?』

「うう……」


 唸る事しかできないアンジュと呼ばれた少女。白鬚ドワーフは黙っていた。

 それにしても、勇者の被害者ってどういうことだ?

 この人達は俺達より昔の勇者と何か因縁があるのか?


『イットにコハルっち。そろそろ出てきな』


 いきなり呼ばれた俺達は、入りにくい空気の中を恐る恐る入っていく。ベノムの横に着くと肩を持たれ前に出された。


『ということで! ちゃんと逆転の一手を打ちに来た訳よ!』

「……その坊主達が何なんじゃ?」

『異世界からの転生者だと言ったら?』

「……!?」


 白髭のドワーフが目を見開くと同時に、即座に腕を伸ばして俺の襟首を掴み上げた。


「っ!?」

「イット!?」

「お爺ちゃん!?」


 周りの女の子達が驚くが気にも止めずに白鬚ドワーフは襟を締め上げる。


「転生者が! ヌケヌケとワシ等の前に現れおって! 貴様等のせいで息子達が! 息子達が!!」

「ま、待って……なんのことか……さっぱり……」

「ぬかせ!! この場で仇を取ってやる!! お前という存在が、どれほどの人々を不幸に追いやって来たことか!?」

『ちょっと落ち着きなガンテツ! ソイツは前の奴とは全くの別人だってば!』

「お爺ちゃん落ち着いて!」

「うおおおおおん!! イットを離せええええええ!!」


 店内がぐちゃぐちゃになりながら、皆の力で白鬚ドワーフを制止してもらった。

 でも何なんだ。

 何故、あんなに俺のことを……転生者のこと恨んでいるんだ?

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