第34話 裏口入国よ

「お! あそこに城が見えて来たね。そろそろ着く頃合いだ。おいコハルっち起きな! ネバが見えてきたよ!」

「ん? ん~……おはよ~」


 目を擦りながら起き上がるコハル。

 しかし、ベノムが指さす城が目に入るなり飛び起きる。


「凄い! 見てみて! 城! お城だよ二人とも!」

「見てるよ~」

「大きいね! 楽しみだね!」


 尻尾を振るコハル。

 俺も隙間から薄く見える大きな城と灰色の壁を見据えていた。







 城門までたどり着くと、入国審査があるようだ。大きな門が立ちはだかり、俺達はそれを馬車の中から見上げていた。

 見た感じ他の馬車なんかは見当たらない。

 たまたま居合わせなかったのもあるみたいだが、ここは東正門という大きな入り口ではなく、この街に住んでいる人達が使用する裏門だとベノムが言っていた。

 十分この門も大きいのに、正門はどんな様子なのだろうと想像していると、憲兵と思わしき兵士が俺達が座っている荷馬車の中へと顔を出した。


「入国審査だ。貴方達の身分証明と持ち込み検査を行う。速やかに馬車から――」

「……!?」

「ひっ!?」


 その兵士の姿に俺とコハルに緊張が走った。兵士は俺達を地下牢へ閉じ込めていた城主の率いた兵士の姿そのものだった。

 俺も思わず身体が強張り、コハルは怯えた様子で俺の後ろに隠れた。その様子に兵士も驚いたようで戸惑っていた。


「な、なんだ? どうかしたのか?」


 この遣り取りにベノムは溜め息をもらす。


「この子達ちょっと鎧を来てる人達に酷いことをされてね……」

「酷いこと?」

「聞きたいですか?」

「い、いや、それはいい。そ、そうだったのか……それは驚かせてすまなかったな」


 悪いことはしていないのに俺ら子供達へ兵士は一礼する。


「あ、あの、こちらこそ、すみません……驚いてしまって」

「ははは! なに謝ることはない。この格好で仕事をしているのは悪い奴を威嚇する為だからね。怖がられて寧ろ本望さ」


 気さくに話す兵士のオジサン。

 俺達は下ろされ荷馬車の中を簡単に確認される。

 続いてベノムが兵士へ書類を渡し、一枚一枚確認していく。


「……なるほど、街外れのガブリエル教会の孤児か。ここまで大変だったろ君達。尻が痛くなかったか?」

「あーええ、まあ……」

「……」


 俺は兵士のオジサンに馴れたのだが、コハルがずっと俺の後ろに隠れている。

 やはりあの時の出来事がトラウマになっているのだろ。

 兵士のオジサンはコハルの様子を窺うと、


「君は見たところワーウルフだね。よし、ちょっと待ってなさい」


 と城門の横に設置された小屋の中に入る。

 少し経って兵士が戻ってくると、コハルに何やら差し出してくる。


「良かったらこれを使いなさい」


 コハルに差し出したのはハンカチ? だろうか?

 コハルが取ろうとしないので、俺が代わりに受け取り広げると、それは赤く黒い刺繍が施されたハンカチより大きな布だった。


「これは……バンダナ?」

「そうだ。そのお嬢ちゃんに付けてあげなさい。その耳が隠せるようになる」


 言われた通りにコハルに付けて上げると、大きな耳が少し飛び出て盛り上がるが、パッと見では普通の女の子に見える。

 コハルはキョトンとした顔で、兵士に恐る恐る問いかける。


「これ……くれるの?」

「ああ良いとも! あ、新品だから安心してくれ。ソイツは君みたいに友好的な魔物が身分を隠せるよう冒険者ギルドから支給されている物だ。まあ君みたいに隠せる魔物なんて中々いないから、渡すこと自体久しぶりなんだがな」


 兵士は続ける。


「冒険者や冒険者関連に携わる職では、友好的な魔物の存在を知る者が多い。人族よりも能力の高い魔物が仲間になるのは心強いからな。だがしかし、この国には一般市民の数が圧倒的に多い。一般人の目には君も外の魔物と同じ驚異だ。嫌な思いをしない為にも、人前ではなるだけそのバンダナなり、街にある帽子屋でも行って気に入った物を見つけて被ると良いだろう」

「ありがとうオジサン! 大切にする!」


 笑顔を見せ、スカートが跳ね上がりそうなほど尻尾を振るコハル。

 その様子を満足げに兵士は頷く。

 そして兵士は城門へと振り向くと腰元から小さなラッパを取り出し、一吹きする。

 ラッパの音の後に城門が開く。

 扉の向こうには、茶色いレンガ造り建物と多くの人々が行き交う街並み、そして更に先には大きな白い城がそびえ建っていた。


「ようこそ、シバ・ネバカアへ。君達に女神の御加護があらんことを」


 兵士は俺達に向かって敬礼した。

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