第33話 俺のこと好きかもよ
教会の皆に別れを告げ俺達は旅立つ。
協会の皆はコハルと別れるのが寂しいと集まり、俺は蚊帳の外だった。
優越からの鼻を高くした因果応報なのだろうきっと……まあ、そっちの方が後腐れなくて良いかな。
べ、別に寂しくなんかないし!
悲しいだけだし!
「あの、イット君?」
「は、はい?」
突然声をかけると女の子が一人立っていた。その子は……えっと、名前を覚えていないがシスター見習いの子だった。
俺よりも年上ぐらいの身長、色白の美人さんだった。シスターの服を纏ったその子は手を俺の前に出した。どうやら握手を求めているみたいだ。
「気をつけてね。応援してるよ。イット君」
「あ、う……うん。ありがとう」
名前を覚えていないのは申し訳ないが、しかし関わったことすらない女の子だった。
俺に対して悪い感情は抱いていないみたいだし、握手にはちゃんと応じる。
応じたのを確認した彼女は、更に綺麗な笑みを浮かべた。
何なんだこの子?
もしかして……俺のこと好きなのか?
なんてしょうもないことを考えていると、その子は離れていきコハルにも挨拶をしにいった。
「……」
まあ、皆が皆俺のことを嫌いではなかったというのが分かって良かった。
そして、一日が経った。
荷馬車に揺られる俺達は、王都ネバへと向かっている。特に大きな問題もないまま、ベノムの話通りだともうそろそろで王都が見えてくるらしい。
馬車の中で腰掛けている俺の横で、荷物を枕にしたコハルが口を開けて寝ていた。
ベノムは外を眺め、時折手綱を持って場所の操作をしている「御者」という仕事のおじさんと話していた。
知らなかった単語がまだまだある。この世界にはまだまだ知らないことがあると改めて実感する。
「ねえ、ベノムさん」
「なんだい?」
俺は確認のため彼女へ話しかけた。
「今から行くネバなんだけど……本当にロイスが居るの?」
「ああ、そのこと……それは本当さ。ロイスは今騎士育成所に通ってるよ」
「騎士育成所?」
「そう、王国管理の騎士育成教育機関……まあ、良いところの学校だと思えば良いよ。そこの学生という情報だ。ロイスは君と違って貴族の子供として産まれたみたいでね。それはそれは裕福に育ったんじゃないか? ロイスを産んだ貴族も、国王直属の騎士の家系らしいよ」
自分と比べたら天と地の差を感じるが、これも生まれ持っての運なのか。
ベノムは続ける。
「それでいて、何やら彼は自分を異世界の転生者で、魔王を倒すためにここへ来たと幼い頃から自称していたらしい。正直言うと君よりも魔法適正がずば抜けて高く、並外れた身体能力を持ち合わせているみたいだ。騎士の家系であったのもあり、若くして天才魔法剣士と周りからモテはやされているみたいだ」
「……」
「ハッキリ言って、ロイスは能力の高さで言えば歴代最強の転生者だろうね。悪いけど、君とそこに転がってるコハルっちを合体出来たとしても敵わないだろうね」
どういう表現の仕方だと突っ込みたい。
だが、あのベノムにそこまで言わせるのだから、いったい彼はどんなことになっているのだろうか。
「そうか……会うのが楽しみだ」
「おや? てっきりイットは、会いたくない相手かと思ってたよ」
「え、何で?」
「うーん……いや、別にそうじゃないなら良いのさ。ははは」
笑って誤魔化すベノム。
彼女が何を思ったのかは何となく想像できる。ロイスに嫉妬するんじゃないかと思ったのだろうな。
嫉妬していないかと言われれば、しない訳ではない。俺は魔物達と共に大変な思いをしてきたのにとか、最初の生まれからこんなに格差があるのか、何てことはほんの少しぐらいは考えたりはする。
でもこればかりは運だ。ロイスを憎んだところで、彼は何も悪くない。
……ダメだ、意識すればするほど、転生者として自分と彼の格差が浮かんできてしまう。考えるのを止めて、別の話題を振ろう。
「もしかして俺やコハルも、その騎士学校に入学するのか?」
ベノムは一瞬驚くが、すぐに笑った。
「冗談言わないでよ、誰が学費を出すのさ。行きたかったら君達が稼いでから行きな。まあ、バカみたいに学費が掛かるからオススメはしないよ」
「義務教育って訳じゃないんだ」
「あー、君達の世界では学校に行くというのが当たり前なんだよね? ここはそうじゃないよ。寧ろ昨日まで居た教会で教えてもらえる知識すら、本来金で買わないと手に入らないものなのさ」
「そうなんだ……」
「そう、逆に言うと金さえあれば莫大な知識を手に入れることが出来る。ネバに有料の国立図書館があるから、ちょっと高いけど勉強したいならそこへお行き」
この世界は知識という物が金を払う程の価値があるのか。
現代ではスマホの復旧で、情報ほど気安く手に入る物はなかったのに。
文明レベルも教会にいた時の状況を考えると中世ヨーロッパのようだった。
テレビは勿論ない。
電球などの照明もない。
明かりの灯った蝋燭やランタンだ。
魔法という存在があるにも関わらず、もしかしたら現実よりも発達してはいないのかもしれない。
兵士達がボウガンを持ち出すわ。
更にベノムの持ち出した二丁拳銃で簡単に蹂躙されてしまうわ。
確かに銃で戦う世界なら剣なんてものは必要ないからな。
だから、今回ベノムが持ち込んだ仕事の依頼は、俺の現代知識を頼りにしている訳か。
「……」
正直自信がない。
期待してくれているのかもしれないけれど、俺は特別な仕事なんてしていない。
本当に良くある小売業の販売店員だ。
ここに現代の食品や雑貨、ましてや家電製品なんてある訳もない。
ふとベノムが問いかけてくる。
「どうしたんだい? まーた不安そうな顔してさ」
「その……もし役に立たなかったら申し訳ないなって思って……」
「申し訳ない? あっははははは!」
ベノムは笑い出すと、軽く頭を引っぱたいてきた。
「痛ッ!?」
「いつ私が君に期待してるって言ったのさ。これっぽっちも期待なんかかけないのに面白いな本当……あー、おかしい」
「え!? いや、だって売り上げが傾いてる店を再建させなきゃいけないんだろ? 結構重大な内容じゃないか」
「そうだけど、ちゃんと手を打ってない訳がないだろ。もしダメだったとしても何とか出来るようにはしてあるのさ」
ベノムはもう一度俺の頭を小突く。
「だから今は失敗することは考えなくて良いよ、君は好きなようにやりな。フォローはしてやるさ。これから先も、君がどんな勇者になるのかを決められるのは、君だけなんだ」
どんな勇者になるのか。
その言葉の本質は良く分からない。
あれだけ俺のことを殺すと言っていたベノムからは少し想像できない希望のような言葉だった。
少しは俺のことに対して、信頼してくれているのかもしれないと感じ取れた。
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