第28話 地獄よ

 絶望。




 ベノムが食われて、地獄となっていた。


 戦えた魔物達は魔神に捕まり、一人一人その場で犯されていった。


「や、やめろ……離せ……頼むから離して……やだ、もういやだ!!」


 ケンタウロスの娘が捕まり、魔神が覆い被さっていた。子供のように泣き叫ぶ彼女を楽しむように魔神は興奮している。

 戦えず、まだ意識のある魔物達は壁に身を潜め、泣きながら震えている。

 元々戦うのが苦手な子達だ。

 一気に戦意喪失してしまう。

 マチルダも……涙を流し項垂れていた。

 俺達にはもう抗う術がない。


 ……壊滅してしまったのだ。


「なーんだ、君だけ生き残ったのか。さすが勇者だ! アーッハッハッハ!」


 馬鹿にしたように裸の城主は笑い飛ばす。

 城主は続ける。


「勇者イットよ。君も良い顔になった。そんな君に免じて希望を与えてやろう!」


 そう言うと彼は馬鹿にした口調で声を響かせ、突然服を脱ぎ捨て本当に裸となった。


「おーい、私の身体が汚れてしまった。誰か舌を使って掃除をしろ」

「え……」


 突然の言葉に、意識がある者達が顔を向けた。城主は続ける。


「私はとても慈悲深い男だ。お前達にチャンスやる! 引き続き私に奉仕し続けるのなら命を救い、また改めて奴隷となる権利をやる。その誓いの証しとして、今この場で私に奉仕をするんだ」


 男は歯を剥き出して笑う。


「イヤだと拒否し、反抗を続けるのも結構。その場合は魔神に犯され食い殺されるだけだ。さあ諸君、好きに選んでくれ! さあさあ、今遊ばれている子が終わったら、魔神が次に選ぶのは誰になるんだろうね~」


 俺は拳を握りしめた。

 どこまでも腐ってやがる。

 だが、そう思った最中だった。


「え……」


 魔物の一人が俺の横を通り過ぎ城主へ歩いて向かう。

 それに続いて一人、二人、三人と……

 中には、死にたくないと泣きながら呟く者もいた。

 彼女達は城主の周りに集まると、それぞれゆっくりとアイツの身体を舐め始めた。


「みんな……」

「ハッハッハッハッハ!! 良いぞ良いぞ! ほらしっかり舐めとれ! 適当にやっている者は反逆者と見なすからな!」


 魔物達は皆涙を流しながら必死に汗だくで脂ぎった身体を舐めていた。それは自分が生きる為、プライドを捨て、仲間を捨て、最後に蜘蛛の糸だった。

 生きる為の……判断だ。


「どうだいイット君? 君の家族は私に寝返ってしまったよ? どうするよ?」

「……」

「思い知っただろ? 所詮魔物なんて、他人なんてものは、そんなものなんだよ。君が思っている程、情なんて無い。君はコイツらに騙されていたんだ」


 ……


「コイツらは、君が思っている以上に獣だ。この姿も人を惑わし、喰らう為のカモフラージュだ。そして! コイツらがお前に見せてきた表情も! 愛情も! 絆も! 全部全部全部コイツら魔物達の演技なのさ! だからこそ、魔物は我々人類の敵、害獣なんだ。性欲処理で使い倒してやるぐらいしか価値の無いゴミ共なんだよ!」


・イットの励ましてくれた気持ちは、ちゃんと私に届いているんだよ

・わかった……約束だよ!

・貴方がちゃんとした大人になってもらうことが生きがいなのよ


 これが……全部嘘?

 皆のこの言葉が無意味?

 いずれ、俺を裏切る為の演技。

 結局みんな、俺のことを……


「イット君、君にも慈悲を与えよう」


 そう言って俺の足下にナイフを転がした。


「それで、自害するといい。もうこんな世界に居たくないだろ?」

「お願い止めてイット! お願いだから!」


 城主の言葉に気付いたマチルダは、いままでに無いぐらい泣きながら叫ぶ。

 それを見て嬉しそうに城主は続ける。


「ならば、君も私に奉仕をするか? いいぞ、私は構わん。ちゃんと綺麗にご奉仕できたら、特別に救ってやろうか。あーっはっはっは!」


 下卑た笑いが木霊した。


「……ははは」


 笑えてくる。

 この胸糞悪い状況に反吐が出る。

 死ぬかプライドを捨てて生きるかの二択。

 まるで俺が居た現実世界と同じだ。

 誰もが俺にその二択を押しつけてくる。

 そう、俺はずっと後者を選んできた。

 いや……捨てるプライドなんて無かったから、消去法で選んでいただけだ。

 そして死ぬことを選んだ時、清々しい気持ちだった。

 ようやく終われるのだと。

 ただ生きるだけというのも、苦しいだけだった。


「……」


 自然と両手が前に出た。

 俺は意識を奥に追いやり息を深く吐いた。

 俺の気持ちと今一度向き合う。

 俺は……今の俺は……


「オレは……死にたい……」


 そう死にたい。

 たとえ、必要とされていない存在だったとしても――

 たとえ、皆の言葉が本当は心ない嘘だったとしても……

 たとえ、この世界が理不尽な世界クソゲーだったとしても。

 たとえ、当てつけの勇者だったとしても!


「命にかけてでも、この人生を死ぬ気でクリアしたいんだ!」






・ちゃんとおばさんの言うこと聞くのよ

・お前はいらない子なんだよ!

・これだから子供は預かりたくなかったんだ

・ほんと……いなくなって清々した

・本当に君は使えないな

・この先を切り開いて行く為の勇気

・ちゃんと私にと届いているんだよ

・確かにイットがちゃんと生きてくれるのは嬉しい

・お前等に命を賭けても良いって思った奴らだ!

・満場一致だ。良かったね

・わかった……約束だよ!













・イット!












 カチッ――


 記憶を封じた。

 俺の日課だ。

 全ての迷いを超えて、自分が自分でいられるこの瞬間を……


 両手に何かを握る感触があった。

 思考を巡らせ焦点を定めると、そこには完成した魔法元素キューブがあった。


「な、なんだ、今の魔法展開の早さは……」


 城主は今までに見たことの無い表情になっていた。

 俺も何が起こっているか分からなかった。

 アイツの口ぶりだと、俺は無自覚で魔法元素キューブを産み出し完成させていたようだった。

 そして――


「うわっ!?」 


 突然、魔法元素キューブが紫色の炎を生成し始めた。


「これは……」


 見覚えがある。

 確か天国に居た時、ロイスが産み出していた物と同じだった。


・10秒以内に全面を配列した際に出せる上級魔法

・全属性の混ざり合った攻撃魔法ですよ!

・並の属性防御壁では全属性の乗ったこの魔法を止めることが出来ない

・シンプルにして最強の魔法ですよ!


 あの時、天使のサナエルが言っていた言葉を思い出した。

 10秒以内に完成させることで作れる最強の魔法。

 俺の自己ベストは20秒。だから俺には使えない物だと眼中に無かった。

 しかし、今こうして俺の手の中には紫色に輝く炎が強く、より強く燃えていた。


「つまりだ……オレは自己ベストを塗り替えたのか? この土壇場で?」


 マチルダや実践練習の成果か?

 それでもいきなり10秒の短縮なんて都合が良過ぎて笑えてくる。

 だけど……最高だ!

 今、一番最高の気分だ!


「やれば出来るじゃねえか、オレ!」


 立ち上がる。

 右手に握った紫の炎は、俺の腕に絡むように燃え上がる。

 だが熱くない。

 寧ろ凄まじいエネルギーを手の平から感じ取れる。

 俺は絶対、この力で皆を救い出すんだ!



「――混沌弾カオス・ブラスト!!」



 炎は真っ直ぐ魔神の下半身へと向かう。

 襲うに夢中の魔神はまんまと着弾し――


「ブモォ?」


 情けない鳴き声と共に空間を削り取り、魔神の腰から下を丸々消し去った。

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