第29話 今夜は寝かせないよ

 魔神は苦しむように雄叫びを上げ地面に崩れた。おびただしい血と臓物を垂れ流しながら泣き叫んでいた。


「な……なんだ今のは……魔神が……そんな魔神があああ!?」


 裸の城主は立ち上がり、魔神の無残な姿を見て足が震えていた。

 すぐさま俺を睨み怒鳴り散らす。


「お前何をしたああああ! こんなこと! こんなことありえない! ガキに魔神が負けるわけがああああああ!!」

「ブモオオオオオオオ!!」


 城主の怒りに共鳴するように、上半身だけの魔神は何と俺に向かって這いずってくる。とんでもない生命力で近づいてくるが――


『つーかまーえた』


 籠もった声が更に後ろから聞こえてくる。そのを付けた声の主に思わず名を叫ぶ。


「ベノム!? 食べられて……」

『ああ、消化されそうだったけど、どっかの誰かさんが穴を開けてくれたからね。あんがとさん! コイツは私達に任せな!』


 臓物と粘液塗れ、服がボロボロのベノムは魔神の中に手を突っ込む。

 魔神が気付き振り向くと同時に何かを引っこ抜いた。


『ウラアアアアアア!! 根性で離すんじゃないよ!!』

「はい――!」


 ベノムは一緒に食われた魔物の足を持って引っこ抜く。それと同時に魔神の出ちゃ行けないような臓物を芋づる式に引きずり出し、切断された。

 流石の魔神も耐えることは出来ず、断末魔を上げ完全に動かなくなった。


「あ……ああ……あ、あ……」


 城主はありえないと言いたいようだが、開けた口が塞がらないようだ。

 ベノムはマスクを脱ぎ捨て、ゾンビのようにゆっくりと近づき、男の髪を掴み上げる。


「あーははははは! 形勢逆転さ、待たせたなゴミ虫野郎がよお! これからお前さんの楽しい楽しい嬲り殺しタイムだ! ひゃはーっははははは!」


 頭のネジが飛んでいったように笑いだすベノム。

 今までの一連の流れに理解が追いついていない魔物達へ、ベノムが突然持っていたウエストポーチを引っ繰り返す。

 見せつけるように中から何本ものが転げ落ち小さな山が出来る。


「魔物諸君! 我々は戦いに勝利した。おめでとう。僭越せんえつながら私から君達に報酬をあげよう! 受け取ってくれたまえ!」


 ベノムは小瓶を一つ拾い上げ、血走った目でそれが何なのか説明してくれる。


「コイツは復活薬リターン・ポーションっていう物だ。コイツを死にかけの生物に一滴かけるだけで、どんな生死を彷徨う状態でもこの世に呼び戻すという冒険者必須アイテムの一つ! 人族が産み出した最終兵器、蘇生アイテムの一つだ! 有名すぎてここに知らない者はいないだろう!」


 その瓶は青く光を反射させ、ベノムは城主を取り巻く魔物の一人に放り渡した。


「だが……そいつは人々の命を幾度となく救ってきたが、やがてその使い方を誤り、拷問の道具としても扱われるようにもなっている。どんな状態でも死にかけなら意識を無理矢理呼び起こす、想像もしたくない悍ましい代物でもあるのさ」


 受け取った魔物はキョトンとしながら小瓶を眺めた後、ゆっくりと城主を見た。

 その様子を見て満足そうな笑みを浮かべるベノムは、城主に言い放った。


「おじさん。今夜は寝かせないぞ☆」

「ひっ!?」


 いつの間にか、魔物達の視線は城主へと集中していた。

 その目は全員、いつもの温厚な顔とは掛け離れ、瞳孔を細め獲物を追い詰めた狩人達の目だった。







 その後の城主は悲惨な末路を辿った。

 四肢や大切な部位を力ずくで切断させられ、傷口は炎の魔法で無理矢理塞がれる。

 殴られ、噛み千切られ、剣でさされ、どこまで魔物達に痛めつけられ叫びを上げ、許しをこいても度を超えた拷問……いや、惨殺は止まることはなかった。

 そして、どんな状況になっても意識を失うことが出来ないまま、いつ死なせてくれるかも分からないリンチに城主の精神は限界を達してしまう。

 だが……この悪夢の惨状はここからだった。復活薬リターン・ポーションは精神をも癒やす副産物を持っているらしく、城主の精神も正常さを取り戻してしまうのだ。

 つまりだ……あの山になっている復活薬リターン・ポーションを使い切るまで、気が狂うことすら許されないということだった。痛覚が残っているかもわからない身体の城主はただガタガタと歯をならし、自分が死ねることを祈るだけとなる。







 俺は離れた所で復活薬リターン・ポーションを使い、他の魔物と手分けして気を失った魔物達に使っていく。

 俺の為に身体を張ったコハルへ真っ先に使うと瞬く間に意識を取り戻した。


「うう……いたいよ~」

「コハル! 生きてて良かった! 大丈夫か?」

「うわーん! からだがいたいよ-! 怖かったよー!」


 泣く元気があるなら良かったと一安心する。頭を撫でていると、視界にマチルダが入ってきた。

 彼女は拘束を外され止血を受けていた。


「マチルダ!」


 コハルを支えながら大きな声を上げる。

 それの声に、意識がハッキリしたように、こちらを振り向く。


「イット!」


 応急処置を受けている最中だったが、彼女は急いでこちらへ駆けつけ、そして抱きしめてくれた。

 片腕は無くなり、もう片方の指も砕かれ、上手く抱きしめられない様子だった。

 でも、それでも良かった。

 彼女が……

 大切な俺の母親が生きていてくれ……

 本当に……良かった。


「イット! どうして追い掛けてきたの! 殺される所だったのよ!」

「皆で逃げるって約束したから! マチルダを見捨てる訳ない!」

「バカ! 本当にバカ! 本当に……本当に良かった。もう一度会えて……本当に……」


 マチルダは俺を抱えて涙を流し始めた。

 俺も年甲斐無く嬉しく、本当に嬉しくて涙が出てくる。いや……そう言えば大泣きしても良い年だった。

 じゃあ我慢しないで泣こう。

 俺達は一緒に大きな声で泣いた。

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