第21話 全ての魔物を解放せよ
看守の言葉が地下牢に響く。
「はんっ! お前達も馬鹿な奴らだ。あの子供達を逃がす為に反抗してくるとはな……お陰で城主様はご立腹だぞ? 明日には処分が決定するだろうな哀れな家畜ども!」
牢の奥に身を潜める魔物達に向けて唾を吐く。苛立っているらしく時折壁を叩いたり檻を蹴ったりと荒れた様子だった。
「クソ! クソクソ、クソ! イットの奴め……アイツが反逆し城主を傷つけなければ、私にまで被害は来なかったんだ。あんな奴隷のせいで減給されるなんて……いや、減給どころでは済まされないかもしれない。クソ! あの穀潰しが! こっちは生活がかかっているんだ! 嫁に毎日なじられ、娘に気持ち悪がられながら真面目に頑張っているのに、何で私がこんな目に遭わねばならないんだ! おかしい! 世の中不公平だ!!」
徐々に個人的な恨み辛みが漏れ始め、ただでさえ少ない毛を毟りながら顔をタコのように赤くする看守。
ふと、看守は一つの檻に目が留まった。
中には下半身が魚の姿をし、上半身は裸の美しい女性の姿をした魔物、人魚だった。
「ひっ!?」
牢屋の中で縮こまっていた臆病な人魚は、看守と目が合ったことに怯えた。
しばらく看守は人魚の姿を見つめると、左右そして後ろの檻も確認し、懐から鍵を取り出し牢の中へと入っていく。
突然の行動に人魚は驚き、怯えた様子で看守から離れようとする。
「な、なんですか……私、何も悪いことして……きゃ!?」
怯える人魚に看守のおっさんは覆い被さる。人魚の両腕を掴み、ボロ布を越しに上から下まで上半身を見つめた。
「……どうせ処分される奴ならどうしたって良いってことだよな」
「な、なにするんですか……いやあ!?」
看守はボロ布を捲り上げ人魚の白い肌を凝視する。
「魔物だが、人と変わらないというのは本当みたいだ。実は私も味見したくて気になっていたんだよ」
「い、いやあ!! や……止めて……」
「どうせ明日にはお前は死ぬんだよ! 最後までお前のような異端の身体を使ってやるんだ! 人間様に感謝の心を持て! はははははは!」
合図が送るまで待てと言われていたが、俺も我慢の限界だった。
「コハル行ってくれ!」
「うん! わかった!」
牢の中に響く俺の声を合図にコハルは牢屋の入り口付近に現れる。
「やーい! おじさんのバーカ! ハーゲ! ヘンタイ!」
俺が教えた通りコハルが叫んでくれた。
突然のコハルの登場に看守と人魚は驚いた様子を見せる。
「な、何でお前がここに!」
「妖怪ていしょとく、しりひかれバーコードオヤジー! 絶対おくさん、ふりんしーてる!」
更に台本通りにコハルは叫んでくれる。
物覚えが良くて偉いぞコハル!
「ふ、ふざけるな!! な、何故お前がここにいる!! それにさっきの声はイットか!! 何処にいるんだ!! ええい兵士ども何をやっているんだ! チクショウ、そこで大人しくしていろ!」
焦りや怒りの混じる複雑な表情を浮かべる看守は、人魚を解放しコハルに駆けていった。
その瞬間を待っていた。
「
ベノムに教えてもらった通り牢の天井裏に居る俺は足下を構造解析し、構成を紐解いた。天井の弱い部分を割り出した所で、拾った金槌で思いっきり叩く。
「う、うわ!?」
叩くと同時に天井もろとも俺は落ちてしまった。だが天井の瓦礫は狙い通り看守のおっさんに直撃してくれた。
「がはっ!!」
断末魔と共に看守は瓦礫の下敷きになる。
俺はその上に尻餅を突き、瓦礫の山から転げ落ちた。
「イット、大丈夫?」
「いてて……うん、なんとか……」
心配しながら駆け寄るコハル。
更に――
「イット君!? イット君よね!」
涙を見せながら驚く人魚の子。
「良かった無事だったのね! 本当に戻ってきてくれてありがとう! 助けにきてくれて私……私!」
感極まってしまったらしく顔を抑え泣いてしまった。
「だ、大丈夫だって! 皆のこと置いていったりしなよ。それよりも大丈夫だった? あのおっさんにその……変なこと――」
言い終わる時だった。
突然瓦礫が持ち上がる。
「イットオオオオオオオ!!」
下敷きになっていた看守が立ち上がった。
振り返った時には、手に握った瓦礫を振り上げていた。
「許さんぞ!! 奴隷の分際で刃向かうなどあってはならん!! お前のせいで……お前のせいでええええええ!!」
頭から血を流し、よろけながらも俺に瓦礫を振り下ろそうとする看守のおっさん。
だが、それと同時に吐血した。
「ぐぼぉ!? な、なん――」
突然、おっさんの肩に剣が刺さる。
剣は兵士が持っていた剣だと分かるやいなや、廊下からベノムの声が聞こえた。
『まーた魔物相手におっぱじめいようとしてたのかい? 本当に獣姦が好きだねアンタらは……』
ガスマスクを付けたベノムは呆れ声で牢屋に入ってくる。それを見た看守は、更に驚いた様子を見せた。
「お、お前は!? その異形の仮面、もしやスカウトギルドの――」
『うるさい』
無慈悲にベノムは一気に近寄り肩から剣を引き抜くと同時に看守を蹴り飛ばす。
壁に叩きつけられたオッサンは、怯えたように這いつくばって離れよとする。
それを歩いて追い掛けるベノムは隅に追い詰めた。
「た、確かベノムと言ったか!? 歴代魔王殺しのベノム! そんな奴が何故ここに!? へ、兵士を呼ぶぞ!」
『察しが悪いね。この剣を見ても分からなかったかな?』
「お、お前!? こ、ここ、こんなことをやってただで済むと思ってるのか! ここの城主様はネバ王国商業ギルドの副長なんだぞ! こんなこと――」
『うーん……別にどうでもいいかなー』
ベノムは看守に剣を突きつける。
『そんなことより、おじさん。無抵抗の女、子供に手を上げるのって凄くカッコ悪いと思わない?』
「ふ、ふざけるな!」
『ふざけてないよ。おっさんにも娘がいるんでしょ? まったくどんなしつけをしているのやら……そういう倫理観が出来ていない子にはお仕置きしたいと思いまーす! 選択式です』
剣先を看守の首に向け。
『まず、人として死ぬのと』
次に剣先を看守の股間に向け。
『男として死ぬの、どっちがいい?』
「や、止めろ!? お前正気なのか! こんなの狂ってる!」
「はは! おじさんに言われたくないし、お姉さんは本気だよ? それじゃあ、試しに一回やってみようか」
楽しそうなベノム言葉を聞き、俺は嫌な予感が走る。
「ふ、二人とも! ここから出よう! コハルは尾びれの方を持って!」
「う、うん!」
人魚を抱えて牢を後にする。
後ろから『えい☆』と明るい掛け声と共におっさんの悲痛な断末魔と高笑いが響いた。聞きたくも想像したくもない声が何度も響き、逃げるように俺達は離れる。
数分の後声が止み、ベノムが出てきた。
「ほら少年。鍵を見つけたから二手に分かれて牢屋を解放していこうか。倒した兵士からは身ぐるみ剥いでおいて」
「……あのさベノム」
『なにさ?』
「ちょっとさ……人をその……」
『殺し過ぎって言いたいの?』
見透かしたように聞き返してきた。
確かに人を殺すなと言える状況ではない。
しくじれば殺される。
寧ろ……それを実行してくれるのは、この人なんだ。助けてもらっている俺が言える立場ではないんだ。
『ま、今回は私も見つかると不味いから。口封じには殺すのが一番手っ取り早いからね。あのおじさんは、見ててイライラしたからメチャメチャにしちゃったけど』
「……」
『死んだ奴の家族を考えろ。って言いたそうだね』
「い、いや……うん……」
『素直だからお姉さんから一つ助言を言っておこう。そんなこと考えていたら切りがないよ。ここは生きるか死ぬかだからね』
そんなの……ここに来て嫌と言うほど分かっているつもりだ。
強さこそ正義。それがこの異世界のルールなのだろう。
まだ、俺には覚悟が足りないのかもしれない……俺達はそのまま、牢屋の鍵を開け魔物の女の子達を全員解放することが出来た。
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