第20話 ベノム、そしてコハルよ

 一つ咳払いをしエルフは自己紹介を行う。


「私の名前……いや、コードネームはベノムだ。近隣の王国シバ・ネバカア、皆ネバって略してる所のとあるギルドに所属している。やってることは、まあいろいろだけど……今回みたいなこともやっているのさ」

「……窃盗?」

「言い方が悪いね。お偉いさんの汚職を暴き、弱気者達に富を分け与える義賊さ」


 エルフ改め、ベノムと名乗る。

 英語だと毒の意味だよな?

 変な名前だが、コードネームらしいので本名ではないのだろう。

 そのベノムは自信満々に答えてくる。

 義賊だろうが不法侵入や盗みを働く行為自体が犯罪行為に思えてくるのだが……

 でも、そんな人物だからこそ、こんな場所に来たのかもしれない。今はほんの少し感謝の気持ちが沸いていた。


「なんで、オレみたいな転生者を殺そうとしているんだ? それも貴方の所属してるギルドの仕事だからか?」

「……その詳細は機密事項だから言えない。たとえ君が転生者だろうと、答える訳にはいかないのさ」

「……」


 まあ、普通に考えたらそうだ。

 これ以上深掘りしても、また気が変わって殺されそうになっても困るし、今はこれ以上聞くのは止めよう。

 ベノムの話が終わり、今度は俺が自己紹介に入る。


「オレの名前はイット……」

「いや、言わなくて良い。今日の昼辺りに話は聞いてる。と言うか、数日前から見ていたからね。何となく君の人柄は分かるよ」

「数日前って……さっきから貴方は、まるで地下牢の中に居たような言い方をしますよね? いったい何処に?」

「排気口さ。この穴は地下牢を通っているのだよ」


 ベノムは兵士の一人を突っ込ませた穴に目を向ける。

 なるほど、その穴は通気口だったのか。

 地下牢に居ても息苦しいとそこまで感じなかった理由かもしれない。


「……でも、地下牢に通気口なんて見かけなかった。いったい何処にそんなものが?」

「地下牢の天井裏が空洞になっているのさ。そこに隙間がいくつもあるから、覗かせてもらった」


 すると、ベノムはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「君があのラミアにまんまと魅了されていたのもバッチリね」

「……っ!?」

「……?」


 凍り付く俺と首を傾げる女の子。

 それ面白そうにベノムは語り出す。


「いやー仕方ないよ少年。ラミアに心奪われるのは若い男の性ってもんさ。ラミアは美しい女性個体しかいないからね、伝承ではああやって男を魅惑して食用の血袋にしたり、成人なら繁殖用の肉播種機として性奴隷となるんだってさ、あっはっは! 良かったね、そうならずに済んで」

「別に魅了されてた訳じゃないって! それにマチルダはそんな人じゃない!」

「はいはい、わかってますよー。家族の以上の絆があるんだよねー。でも、相手は魔物だってことは理解した方が良いよ。そもそも感性や生き方が人族と魔物は違うんだ」


 これは挑発に聞こえるが、ベノムからの忠告なのかもしれない。

 マチルダは確かに優しかった。

 だが、彼女もラミアとしての衝動があったのかもしれない。

 吸血も結構されていたし……

 俺が押し黙っていると、ベノムは一息吐いて指さした。


「さて、イットが終わったから次は貴方の番だよ。新人ちゃん」

「……!?」


 順番的に当然だが、自分のことを指されると思っていなかったのか動揺する女の子。

 そして、俺も失礼ながら思い出した。


「……そう言えば、オレもこの子の名前を聞いてなかった」

「本当だよまったく、自分のことばっかり話してたらモテないぞ? 魔物の子だけど、もっと気を使ってやりなよ」


 まったく小生意気で口の達者なエルフだと心の中で吐き捨てつつ女の子と向かい合う。


「今更ゴメンな。君の名前を教えてくれないか?」


 そう言うと、女の子はポカンとした顔で首を横に振った。 

 その様子に、思わず俺とベノムの目を合わせてしまう。


「……もしかして君、名前を忘れてしまったのか?」

「ううん、名前がないの」

「え?」

「名前がないの」


 俺は予想外の返答に戸惑う。

 この年頃に名前がないという文化があるのか?

 でも、俺でさえイットという理由はともあれ名前が付けられているのに……

 すると、ベノムが「そう言えば……」と何か思い出したように斜め上を向いた。


「この子はワーウルフだよね? 何かの文献で、北国出身のワーウルフは成人の儀式経て名前を付けられるって見た気がするよ。もしかしてそんなかんじじゃないか?」


 ベノムの話を聞き、女の子に訪ねる。


「君の住んでいた所について教えてくれないか?」

「うーん……ここよりもっと寒くて、"雪"っていう白い粉がいっぱい降ってる所だったよ!」


 たぶんベノムの話通り、この子は北国出身なのかもしれない。

 思わず腕組みをしてしまう。


「それじゃあ……この子のこと何て呼べば……」

「君が名前を付けてやればいいじゃないか」

「はぁ!?」


 軽いベノムの提案に戸惑う。


「い、いや、そんな大切なことを俺が決めて言い訳が……」

「こんな緊急時に呼び名がなかったら事故に繋がることだって考えられるだろ? いいじゃないか少し早めに大人になってもらえば」


 そう言いながらベノムは俺の肩を叩く。


「それにさっきから見てると、この子は君に懐いてるみたいじゃないか? この状況で付けてやれるのは君以外ありえないって」


 確かに名前がないのは不便だ。

 仮の名前でも付けた方が良いのかもしれない。俺は改めて女の子と向き合う。


「それじゃあ、その……君に名前を付けなきゃいけないんだ。何かリクエストはないか?」

「りくえすと?」

「何かこう……つけてほしい名前とか……」


 難しい質問をしてしまったが、女の子は「うーん……」と真剣に考えてくれた。


「うーん……かわいい名前が良い!」


 俺のハードルが上がる。

 ゲームでも名前を考えるのに時間が掛かるのに生身の女の子の名前なんてどうすればいいんだと後悔が押し寄せてくる。

 可愛い名前なんてどうすれば……



◇……コハル



「コハル……」


 俺は思わず昔のこと思い出した。

 昔おばさんの家で飼っていた犬の名前を今更思い出す。

 俺の独り言に反応したのはベノムだった。


「コハル? そいつが名前かい? 意味は分からないが中々良いんじゃないか。響きも可愛い気がするし」

「え!? いや、それは……」

「違ったの? 他に良い名前があるの?」


 と言われても、思い付かない。

 だけれど、昔飼っていた犬の名前を付けるなんて少し気持ち的にどうなんだと思ってしまう。

 そして俺は、考えて考えたあげく。


「……コハルに……しよう」


 何も思い付かなかったので、コハルと命名することにした。


「うん! 名前はコハル! コハルだよ! ありがとうイット! 大切にするね!」


 喜んでくれる女の子改め、コハルは笑顔で尻尾を振っているのが分かる。

 これからコハルと呼ぶことになるのだが、ちょっと複雑な気分だった。

 名前が決まり、ベノムが話し出す。


「さてさて、それではここから君からの依頼クエストと報酬の話をしていこうか」


 彼女はニヒルな笑みを浮かべた。


「分かってる……」


 簡単な説明を受け、ベノムの案を俺は受け入れることにした。

 いや、受け入れざる得ない状態だった。

 その為にも、捕まっている魔物達を解放することになる。


 待っていてくれ、今すぐ行くからな皆!

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