第18話 エルフよ

「ここの穴はいったい――グボォ!?」


 穴を覗き込んでいた兵士の上に飛び乗った黒い影。兵士をそのまま蹴り押して穴の中へと突き飛ばす。穴はそれ程深くないようだが、顔から突っ込んだ兵士は鈍い音を鳴らし尻を突き出して動かなくなる。


「だ、誰だお前――」


 黒い影は、置いてあった薬品と布を手にする。手元の瓶を開け、中身の液体を布に染みこませた。


「ンッ!?」


 兵士の鼻と口を押さえ込み押し倒した。

 しばらくもがく兵士だったが、彼もしばらくすると動かなくなった。


「「……」」


 俺と女の子は、その様子を黙って突然現れた黒い影を見続ける。黒いフード付きマントを羽織り、皮の鎧を着ているようだが、それも極力暗い色を着ている。

 一番気になるのは現実世界のテレビで見たようなを付けている所だ。

 その異様な外見としなやかで隙のない身のこなしに、一瞬で理解できたのだ。今までの奴らとは格段に動きが違い過ぎる。

 まるで、出てくるゲームを間違えたかのような身体能力の高さ。狙われたら間違いなく殺されると本能が理解してしまった。


『……』


 ガスマスクのソイツは、フラリと部屋の出入り口へ向かうとゆっくりドアを閉めた。

 閉じ込められた空間の中で俺達は隠れ、ただ身を潜めることしか出来ない。

 それを見越したのか、ガスマスクはくぐもった声を出した。


『そこの人間とワーウルフの子供達、隠れてないで出てきな』


 なんと、籠もっていたがその声は女性だった。しかも結構若い子のように思える。

 ほとんど暗がりにもなれ、改めて様子を窺う。すると完全に俺達の存在に気付いているようで、じっとガスマスクのレンズがこちらを凝視していた。


『ったく、面倒くさ……』


 おもむろにガスマスクを外すと、彼女のご尊顔が露わになった。

 彼女の容姿は色白い肌に綺麗な青い瞳、金髪のショートヘアーに三つ編みに編まれた揉み上げという独特のヘアスタイル。

 人並み外れる整った顔立ちと、そして尖った耳が見えた。

 まさかとは思うが……コイツはゲームとかに出てきたエルフかもしれない。

 まさにファンタジーの世界に登場する亜人。エルフが顔を出すと、優しく微笑んで見せる。


「ほら、怖くないよ。お姉さんは君達を助けにきたんだよ」


 俺をこの世界に送ってきた天使を思い出す程の美しい笑み。俺達は少し悩むが、意を決して出ることにした。

 マチルダも、このエルフの存在に語りかけていたのだから仲間かもしれないと思ったからだ。

 恐る恐る俺達は彼女の前に姿を現す。

 女の子は警戒心が解けず、俺の陰に隠れ続けているが……


「よしよし、ちゃんと出てきてくれたね。良い子良い子。それじゃ――」


 エルフは、笑みを崩さないまま俺達に急接近する。


「なっ!?」


 そのまま俺の襟を掴み上げ、背中を壁に押しつけられた。

 エルフの表情も一気に鋭く睨み付け、冷たい声色で問いかけてくる。


「答えろ。お前もなのか?」

「え……」


 襟は掴まれているが、声は簡単に出せた。

 しかし、質問の内容に思考が追いつかなかった。


「転生してきた勇者って……何を言って……」

「地下牢で君が言っていた言葉だよ」


 地下牢でって、城主に手を出す直前のあれか。というか、その時にこの人は何処かに居たのか?

 いったいコイツは何者なんだ?


「イ、イットに……ひ、酷いことしないで!」


 女の子がエルフを睨み付けているが、明らかに足が震えているのが見えた。

 今までの奴らとは違うのは彼女にも分かるのだろう。

 このままでは、この子がまた勢いで噛みつくかもしれない。そうなれば、今度は本当に殺される相手のような気がする。

 そうなる前に何とかしなければ……


「もし……アンタの質問に、オレが嘘の答えを吐いたらどうする気だ?」

「拷問をして吐かせた後に殺す」

「……正直に言ったら?」

「殺す必要が出てくる」


 はは……選択権無しかよ。


「それじゃあ……オレは一生何も喋らないのが得策ってことか」


 そう言うと、更に襟を締め上げられる。


「殺す必要が出てくるとは言ったが、今すぐ殺すとは言っていない」

「く、苦しい……」

「君は正直に話せば良いんだよ」

「わ、わかった! 正直に話すから……」


 そう言うと、エルフは手を放し俺を物のように落下させられた。尻餅をついた俺の側へと女の子が駆け寄ってくる。

 少し息を整えた後に、エルフを見上げると冷徹な視線を送っていた。

 これは逃げたら殺されることを悟り、溜め息交じりに話すことにする。


「……そうだよ。オレは違う世界から転生してきたんだ。元の世界で死んだ後、大天使からこの世界の魔王を倒してくれって頼まれたんだ」


 嘘偽り無く伝える。

 エルフはこんな話を笑いもせず真剣に聞いている素振りを見せて、質問もしてくる。


「その大天使だけど、名前はって奴だった?」


 何か旧約聖書とかに出てきそうな名前だが、その質問内容に答えた。


「い、いや、確かっていう、この子よりももう少し成長したぐらいの子だった」


 先ほどから蚊帳の外の女の子には申し訳ないが身長比較をさせてもらった。

 この子も怯えている様子で震えているので、ついでだから頭も撫でておこう。


「サナエル……っていうことは新人の方か。ったく、前はクソ野郎を送ってきた割にまだ解雇されてないってこと……」


 舌打ちするエルフだが、更に続ける。


「どうやら君の話に信憑性はあるみたいね。もう一つ質問、って奴に聞き覚えは?」

「……ロイス!?」


 彼女の出した名前に、俺の開いた口は塞がらなかった。

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