第17話 本当の城主よ

 マチルダが話してくれる。

 ここは大きな洋館の中らしい。

 三階建で非常に大きく、城なのではないかと思わせる程だった。俺達が捕まっていた牢獄は地下であったようだ。

 だから、外の様子が見えなかったんだ。

 マチルダが行っていた薬品倉庫に忍び込んだ。彼女は手際よく棚に置かれた小瓶や葉っぱを取っていき、俺の元に掛けよってくる。


「引き抜くわ。我慢しててちょうだい」


 口を押さえられ、太股に刺さった矢を引き抜く。あまりの激痛に意識が飛びかけたが、素早い応急手当と緑色の小瓶を渡され飲むように促された。

 小瓶の中には液体が入っており、匂いと味は独特だった。

 何だろう……エナジードリンクのような利きそうな味みたいな……


「イット……大丈夫?」


 一緒に連れて来られた女の子は、心配そうな表情で俺の側についていてくれた。


「応急手当は出来たわ。貴方達は、そこの排気口から脱出出来る。早く逃げなさい」

「ま、待ってよマチルダ! マチルダはどうするのさ!」

「私は、ここに残る。貴方達がちゃんと逃げられるように囮になるわ」


 痛みは残るが、話す元気は出てきた。

 俺は彼女に問いかける。


「そんなのダメだ! マチルダや、それに皆を置いて行きたくない。ここは協力して、皆を脱出させてから逃げよう!」

「無理よ。確かに私達だけの力なら無理矢理ここから抜け出すことが出来るかもしれないわ。でも、前に言ったでしょ……戦えない子達もいる中で、その子達を庇いながら逃げるなんて……しかも数も多い。それに、私が逃げる訳には……」


 マチルダは顔を背け俯く。

 髪が目元を隠し、表情は分からない。

 俺は疑問に思ったことを聞いてみた。


「マチルダ……何か隠しているよね」

「……え」

「ずっと何かを考えてたみたいだし、それに……ここの場所も迷わずに来れた。さっきだってとかも正確に分かっていたし」

「……」

「話してほしい。マチルダが何を抱えてるのかを」


 押し黙る彼女だったが、少し間を置いて話し始めた。


「ここは……元々私の館だった」

「え……」

「昔……人間の男の人と一緒に住んでいた時もあったのよ。もう、さすがにその人は死んでいるのだろうけど」


 マチルダはこちらへ顔を向ける。

 笑みを浮かべていたが、とても疲れ切った表情に見えた。


「元々私はここの館の城主で、祖先がこの地域を取り締まる主だったの。私はその跡取りでもあった。人族とは関わらないよう、なるだけ平穏にこの地域の魔物や自然を守るよう努めていたわ」


 そうだったのか。

 だから、迷い無くここに……

 彼女は更に続ける。


「ある日……この館にあの男が襲撃してきたのよ。最初はこの地域を人間達の商業地区にするという名目でね」

「商業地区? でも今は……」

「ええ……今じゃあアイツの悪趣味な別荘に成り果ててしまった。沢山の従者達が殺され、何もかも奪われ、他の魔物達に被害を与え、もう……私も全てを投げ捨てたくなっていたわ」


 こんなことを聞いて良いのか分からないが、マチルダに問いかけた。


「な、何で逃げなかったのさ! マチルダなら魔法も知ってたし逃げられたじゃないか。貴方には責任は無い、オレ達のことなんか捨てて逃げてしまえば……」

「約束が……あったのよ」


 自嘲気味に彼女は笑った。


「400年前だったかしら……」

「400年!?」

「……そうよね。人間にとって400年は途方もなく昔。私はそれぐらい生きているのよ」


 そうか……さすがファンタジー世界だ。

 20代後半位の見た目だと思っていたが、中身は俺よりも四世代前の人だったのか。


「私が幼い時に、ある人間と約束したのよ。この場所を……この地域の魔物達を君が守ってくれってね」

「……そんな昔の約束の為に?」

「そうよ。馬鹿みたいでしょ? もう守るもの何てなくなってしまったのにね。でも、それが今まで私を支えてきた使命なの。私の先祖や……あの人がくれた私の存在意義」


 彼女は拳を握る。


「この館は土地は、もう彼奴らに全て奪い尽くされてしまった。だから、返してもらわなきゃならないの。ここを元の平穏に暮らしたい魔物が居られる場所へ」

「マチルダ……それって」

「私はアイツを殺す。私が逃げたとしてもアイツを殺さない限り罪のない魔物達が犠牲になっていく。それを絶つ責務が私にはある」


 マチルダの目に強い意志を感じる。

 決意というのだろうか。


「マ、マチルダ、それは無茶だ! そんなことしたらマチルダが……」

「大丈夫よ。手はすでに打ってあるわ。ただでは殺されたりしないから安心して」


 優しく微笑む彼女は優しく俺を撫でた。

 そして、唐突にマチルダは部屋の床に目を向ける。何の変哲も無い石畳だが、そこに向かって彼女は語りかけた。


「そこにいるんでしょ? 宝の在り処ならこの子が導く。その代わり協力しなさい」

「え?」


 突然過ぎて理解できない。

 石畳からも返事はないが、マチルダは一点を凝視している。そして、横にいた女の子も鼻をひくつかせた。


「イット、あそこに誰かいる」

「誰か、いるって?」


 俺達が注目している隙に、マチルダはしまってあった上着を羽織る。そして、女の子にもすぐに羽織らせ頭を撫でる。


「必ずイットが貴方を救ってくれるわ。どうか一緒にいてあげてね!」

「う、うん!」

「それとイット!」


 俺に近づくと彼女は耳元に顔を近づけた。


「貴方は、昔私が好きだった人に似ているわ。だからこんなに気に入ったのかもね」

「え、えっと……」


 そう呟くと、頬にキスをして離れていく。


「困った時は、教えた魔法をちゃんと使うのよ! しっかりね!」

「え!? マチルダ!?」


 彼女は部屋を飛び出していく。

 部屋の外から足音と怒声が聞こえてきた。


「居たぞ! 追え!」


 とっさに女の子を引っ張り室内の物陰へ隠れる。様子を見るために物陰から覗き込む。


「あのラミアは何故ここにいたんだ? 何かを盗んだのか」

「薬品倉庫だし、傷の手当てでも……そういえば報告では子供二人連れているらしい」

「……しかし、さっきの奴は誰も連れていなかったような」


 二人の兵士がこの空間に入ってくる。

 不味いな……早く出ていってほしいのだがどうするべきか。


「イット……どうしよう……」

「……とにかくやり過ごそう」


 とにかく息を殺し、ここからアイツらがいなくなるのをまってから……


「ん? なんだこの床の穴?」

「どうした? 何か見つけたか?」


 兵士達が何かを見つけたようで、気になり様子を見てみる。

 覗くと、先ほどマチルダや女の子が指し示していた床に石を引っ繰り返した跡を残し、穴が開いていた。その穴を覗き込む兵士達だったが、俺の視界にはそれ以上に気になるものが映っている。

 人型の黒い影、それが天井に足を着け逆さまにへばり付いていたのだ。

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