第16話 脱獄者よ

「イット! どこにいくの!」

「わからない! とにかく走って!」


 俺達は牢屋の通路を走った。

 それ見た捕らえられた魔物達が目を丸くして驚いているのが横目で見える。


「イットちゃん走って!」

「逃げて! 逃げ切るの!」


 俺を見て状況を理解した子達が応援してくれる。その後ろから兵が追い掛けてくるのが分かる。

 鎧の重さなどもあるが。子供の足ではすぐに追いつかれそうである。だが、魔物達が俺達を支援してくれていた。


「行かせるか馬鹿人間!」

「邪魔してやるんだから!」

「うわっ!?」

「や、止めろ! この、離せ魔物が!」


 鉄格子から尻尾や手足を出し、兵達を妨害してくれていた。


「皆……ありがとう!」


 感謝の言葉が届いたか分からないが、確認する余裕なんて無い。

 俺は腕を引っ張り走り続けた。


「――イット!」

「……マチルダ」


 鉄格子越しから悲しそうな表情の女性が見えた。止まりたいが止まる訳にはいかなかった。せめてお礼だけでもと口を開いた時。


「何者だ!!」


 前方から声が掛かる。

 そちらを振り向いたと同時だった。空気を裂くような音が聞こえたと同時に、俺の片足が後ろへと押される感覚が突然現れた。

 俺は自分の持ち上がる足を見ると――


「……え」


 太ももに矢が刺さっていることが分かった。それを理解したと同時に筋肉を貫かれた鈍い痛みを感じ取ってしまった。バランスを崩し、俺はその場に倒れふせてしまう。


「イ、イット!!」


 女の子が動揺する。

 結局ここまでみたいだ……

 せめて……せめて、この子だけでも逃がせないか。

 思考を駆け巡らせるが、足の痛みもあって集中できない。


「クソ……やっぱりここまでなのかよ!」


 前方の暗い通路から三人の兵が現れ、それぞれボウガンを構えていた。

 涙が零れてきた。

 自分の不甲斐なさ、未熟さ、惨めさ、無力さ、何もかもを痛感する。

 自分の限界だ。

 

「貴様等、ここで何をやっている!」

「城主様のお戻りが遅いから来てみれば、どうなっているんだ?」


 この兵達も、とっさに俺のことを撃ったらしい。牢に数体の魔物がいるのなら当然の判断だろう。

 俺を庇うように女の子は、兵達に叫ぶ。


「おねがい! イットにひどいことしないで!」

「な、何やってるんだよ……さっさと逃げ……」


 痛みを堪えながら逃げるように促すが、彼女は逃げるどころか俺を守るように前へと出てくる。その様子に兵達も少し戸惑っているようだった。


「どうする? あのガキ魔物だぞ。脱走している以上始末するか?」

「ダメだ、あれは城主のコレクションだろ。殺せば俺達の首が飛ぶぞ。捕縛だ、いいから捕縛しろ!」


 兵達は剣を取り出し、警戒しながらじりじりと近づいてくる。

 ……諦める訳にはいかない。

 俺は魔法元素キューブを出すために手を前に向けた。


 その時だった。



「――誘導炎弾ホーミング・ファイア・ブラスト!」



 後ろから、熱を帯びた大きな火の玉が飛んできた。

 俺達を飛び越え、火の玉は真っ直ぐ前方の兵達へ向かっていく。


「な!? 魔法だ! 盾を構え――」


 兵士の一人が盾を構える。盾に着弾すると火の玉は大きく破裂した。兵士は燃えながら吹き飛び、横に居た兵士達にも破裂した爆炎が彼等の身体を覆った。


「ぎゃあああああああ!」


 飛んでいった奴と頭が燃えた奴は動かなくなったが、生き残ったもう一人の

兵は必死に燃え上がっている腕を沈下するため転げ回っていた。

 すると、後ろから来たマチルダが転げ回る一人の兵士に襲い掛かる。


「ヒィ!?」

「貴方に恨みはないわ……ごめんなさいね」


 マチルダは兵士の口を押さえると、喉元に噛みつく。

 その光景を見て、俺はすぐに理解した。

 いつも隙あらば俺の喉元に噛みつくラミアの捕食行為。

 でも、今回は悪戯の甘噛みではない。

 叫びを上げられないまま顔色が青ざめていく兵士の目がこちらを向いていた。

 助けてくれとばかりに手を伸ばしてくるが、すぐに事切れてしまい腕が落ちる。


「ふぅ……これでしばらく動けるわね」


 口元の血を拭うマチルダの横顔が見える。いつになく無表情でいて綺麗だった。

 だが……同時に本能的な恐怖も感じた。

 不意打ちとはいえ三人の武装した兵士を殺しそして一人は生き血を啜り捕食したのだ。

 この時初めて、俺は魔物という存在をちゃんと認識出来たのかもしれない。



「イット! 貴方大丈夫なの!?」


 マチルダは、我に返った彼女はすぐに寄ってくる。


「ああ、なんて酷いことを……大丈夫よ! すぐに何とかするわ! そして、

貴方達をここから逃がすから!」


 俺の股に刺さった矢を見て悲しい表情を見せる。いつもの優しい彼女に戻っ

ていた。確かに恐怖心は出来てしまったが、それでも彼女のことは信頼している。

 俺達のことを助けてくれたんだ。



「あ、ありがとうマチルダ……やっぱり、貴方は鍵……自力で開けられたんだね」

「今はその話をしてる場合じゃないでしょ! 薬品倉庫の場所を知っているわ。すぐに止血しましょ! 貴方も来て!」


 そう言うと彼女は自身の着ていたぼろ布を脱ぎ、俺の足へと巻き付けた。

 そのまま俺と女の子を抱え、三人の兵が現れた……牢の出入り口へと向かう。

 徐々に明かりが見え始め、躊躇いなく光の漏れる出入り口を体当たりで開けた。





 焦点が合うと、扉の先は小綺麗な左右に伸びる廊下だった。

 よく清掃され、床は緑や橙色のタイルで彩られていた。


「ここが……俺達を閉じ込めていた所……」


 捕まってから一度たりとも出たことがなかった。良い感想は全く出てこない

が、まるで洋風の城を彷彿とさせる作りだな……っと、在り来たりな言葉しか

思い浮かばなかった。


「何だアイツは!?」

「おい誰か来い! 脱走した! 魔物が脱走した!」


 廊下の向こう側から兵士達が叫んでいた。

 それに気付いた頃には、マチルダが魔法元素キューブの準備をしていた。

 兵士達の向かい側へ逃げながら一面を完成させ、青い稲妻が手元から走る。


「――雷壁サンダー・ウォール!」


 通路を蜘蛛の巣のように埋め尽くす電気が、兵士達へと迫っていった。


「た、退避だ! 退避!!」

「脱走者の報告! 増援要請! このやかたから逃がすな!」


 雷の壁の向こうから男達が慌てふためく声が聞こえてくる。

 それを確認したマチルダは、再び俺達を抱えながら反対の方へと進む。


「こっちよ!」


 俺等は彼女に抱えられ牢獄を後にした。

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