第14話 終わりにしよ

 やっぱり俺には無理だった。


 怒ったり、辛いと言ったり、感情を言葉にするのが苦手だった。


 自分が何かを言って、何かをやりかえされるのが嫌だった。


 自分には、誰かに逆らうだけの価値なんて、元からないって分かっていたんだ。



・ちゃんとおばさんの言うこと聞くのよ


・お前はいらない子なんだよ!


・これだから子供は預かりたくなかったんだ


・ほんと……いなくなって清々した


・本当に君は使えないな



 頭の中にある記憶が再生される。

 悔しいけど、コイツらの言ってることは全部本当なんだ。

 俺は何の役にも立たない人間だ。

 人様に迷惑をかけ、ここにいるだけで邪魔な人間。

 ただの役立たずなんだよ。


「それが……俺」


 前世からも、そして転生した俺も、ずっと一緒。生まれ変わって心機一転、人生をやりなおそうとしても現実では上手くなんていかない。

 せめて、俺の尊敬する人達の役にたちたいとは思った。

 この世界へ一緒に転生したロイスや、出会ったマチルダや魔物の皆。

 そして、そこにいる女の子――


 でもダメなんだ。

 考えれば考える程、俺には出来ないと実感してしまう。

 俺には勇者としての資質も……一般人並みの根性もない。


 心が……性根が……魂からダメな奴は、何をやってもダメなんだよ。

 だから、俺はずっと思っていたんだ。


 消えたい。


 俺の存在をこの世から消したい。

 皆の記憶からも消去したい。


 産まれたことが、失敗作である俺を……

 所詮何も出来ない無力な俺を……

 存在価値がゼロの俺を……




 誰か、消してはくれないか?





 って、ずっと神様に願っていたんだ。















・イットは、その子を本気で助けたいと思っているの?




「……マチルダ?」


 俺の記憶の中から響く彼女の問いかけ。

 これもプレッシャーだ。

 俺は、本気でこの女の子を救いたいとは思っている。でも、出来ないことも自覚しているんだ……



・貴方のことを否定したい訳じゃないの。ただ……



 俺のことを気にしてくれて、ありがとうマチルダ。でもやっぱり俺には、人を助ける力も、気力も――



・貴方に、"勇気"があるのかを知りたかった



 ……

 勇気……



・そう、自分がたとえ無力だと分かっていても、この先を切り開いて行く為の勇気



 ……勇気ってなんだよ。

 勇気なんて……無謀や無責任の言葉を換えたものだ。

 こんな幼い身体で、大人達と戦うなんて……あの女の子を救うなんて無理だ。

 戦うことは出来るかもしれない。

 でも……

 勝てる可能性はゼロに等しい。

 教えてもらった魔法だって、殺傷力があるようには思えない。

 ここは……諦めて耐えるしかないんだ。

 死ねない俺は、あの子が玩具にされるのを見続けることしか――



・イット……


◇……なに?


・また……来てくれる?


◇う、うん。また来るよ。安心して……


・わかった……約束だよ!



「……」


 記憶が……臆病な俺に訴えてくる。

 そして、心も俺を突き動かそうしてくる。

 このままの俺ではダメだと俺に直接語りかけてくるみたいにだ。


「……勇気」


 勇気と無謀は違う。

 そんな言葉があったが、俺は違うとは思わない。出来ない理由なら湯水の如く湧き上がってくる。世の中の理屈を知れば知るほど、思考の中で無理だと完結させられていく。その不可能を無理矢理突き進む生き様。それを世間一般では無謀っていうんだ。それで、多大な損害が起こるなんて当たり前のことだ。何もしないことが、一番被害がない。

 リスクが少ないんだよ。


「……でも、俺は嫌だ。この子を……見過ごしたくない」


 魔法が使えるようにはなった。でも、しょっぱい魔法だ。女の子を救うどころか、魔法を使えることがバレればただでは済まないはずなんだ。

 

「でも……それでも俺は……」


 止めた方が良い気がする。

 こんなことをやったって、大人達に制止させられる。下手したら腕を切り落とされるかもしれないんだぞ。逃げるどころか、これから生きていく為の力すらも失って――


「もう……言い訳は止めだ」


 ……


「マチルダ、わかったよ。貴方が言っていた勇気が……」


 何を考えているだ。勇気なんて……


「たとえ自分が無力だと分かっていても……世界があまりにも理不尽だったとしても」


 それは無茶だ……無謀だ……


「そうだとしても、それを乗り越えた先へ……進まなきゃいけないんだ」


 その言葉は無責任だ……失敗したらどうするんだ? 誰が責任を取れるんだ?

 あの子どころか自分まで――



「まだ、失敗していない!」



 ……そう。

 まだ……俺は一歩も進んでいない。

 何も行動していない。


「ずっと、そうだった……全て我慢してやり過ごしてきた。何も行動しなかった」


 ……でも、それは当たり前だ。

 何もしない方が穏便に物事が……


「そうやって、前世の俺は死にたいって、ぼやいていた。あれが俺にとっての穏便な人生だったのか?」


 ……


「そうじゃ……なかった」


 ……


「何もしようとしなかった結果だ。何もしないことは進むことでも止まることでもない。後退することだったんだ」


 ……


「もう同じことを繰り返すのは止めよ」


 ……

 俺は、生まれ変わることが出来るのかな?


「ああ……今度は……今度こそ後悔しない生き方にしよう」


 マチルダが教えてくれた……勇気の意味。

 それは、無茶や無謀や無責任なことを考えることじゃない。


「そんな後ろ向きな自分と向き合い、己に打ち勝つ勇気」



 もう、下がっちゃダメだ。




 カチッ――



 いい加減、俺も前に進もう。この誰かが作ったクソゲーをぶち壊してやるよ。

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