第13話 理不尽なこの世界よ

 奥に行けば行くほど吐き気がする。

 いつものことなのに、今回は耐えられる気がしない。

 彼女のいる檻の前までくると、俺を見るなり近寄ってくる。


「……イット?」


 人型の姿に小さな犬の耳。

 そう言えばまだ服を渡されていないかったから、ワーウルフの女の子は毛布で身体を包んでいた。


「……」

「イット……どうしたの?」


 俺は檻の前まで来たが、鍵を開けることも事情を説明することも出来なかった。

 不思議がる女の子に目を合わせないでいると、横から看守が怒鳴り出す。


「おい何をやってる! とっと開けろ!」


 おっさんは拳を俺の顔へ向けられ、不意を打たれる。


「痛っ!」

「……!?」


 俺はよろけ、女の子は怯えて一歩後ろに下がった。

 それでも躊躇する俺から鍵を奪い取り、看守は牢屋の鍵を開け中に男達が入っていく。

 俺は……中に入る気にはなれなかった。

 城主が女の子の前に立ち、優しい声色で怖がる女の子に手を伸ばしていた。


「やあ、君が新しい子だね。とても可愛らしい子だ。本当に小さいんだねぇ……」

「おじさん、だれ? 後ろの人達……私を連れてきた人達!」

「ああ……今日から君はここに住むことがきまったんだ。皆お友達だよ」


 城主が近づくが女の子の表情は徐々に険しくなっていく。


「ちがう! イットのこと叩いてた! お友達じゃない! お父さんとお母さんの所に帰りたい!」

「ハハハハハハ! こりゃ良い!」


 何が楽しいのか分からないが、城主高笑いする。そして、俺の方へ手招きをする。


「イット君、こちらに来なさい」

「……」

「来るんだイット君。この子がどうなっても良いのかい?」


 その子を引き合いに出されたら従うしかない。檻の中に入り、城主の近くに行くと突然肩を組まれた。


「おじさんは、イット君の親友なんだ! だから君とも友達になりたいんだよ! 今は君のお父さんとお母さんが忙しいからおじさんが預かってるだけさ、そのうち君の両親にも会わせられるように、おじさん頑張るよ!」

「……そうなのイット?」

「ハハハ、そうだろイット君。そうだよな?」


 二人は俺に問いかけてくる。

 最悪な気分だ。

 どこまでも根性の腐った野郎だ。


「……」


 この男を殴ってやりたい気持ちで山々だ。

 でも、そんなことが出来ない。

 俺は、出来る立場ではない……

 ここで殴れば、マチルダ達と逃げる機会どころか、ここで命を失うかもしれない。

 さすがこんな死に方はゴメンだ。

 今はただ耐えるしかない。

 城主の嘘にあわせるしか道がなかった。

 でも、俺は……


「お前は……嘘つきだ」


 俺は城主に反抗した。

 得がないことは分かっている。

 酷い目に遭うことも想像できる。

 でも、自分の気持ちに逆らえなかった。

 すると案の定、俺は首根っこを掴まれ牢の壁に叩きつけられた。


「ぐっ!!」


 呻き声を上げたと同時に城主から何度も何も蹴られる。腹や顔、空き缶を踏みつぶすように男はつまらないという顔を見せていた。


「本当に君は使えないな。魔物の餌にもならないで、飯だけ食らう穀潰しが。生きてる価値が本当にない」

「うぐっ……うっ……っ!!」


 何度も何度も蹴られ、次第に視界がぼやけてきた。

 これは……本当に死ぬかもしれない……


「や、止めて! イットを! イットをいじめるな!」


 女の子が子犬の姿に変身し、城主の足に噛みつく。城主は冷めた表情で子犬を振り払い、蹴り飛ばした。


「きゃん!!」


 壁に叩きつけられる子犬は、悲痛な鳴き声と共に床へ落ちた。

 城主は自身のズボンを払い冷たい視線を向けていた。


「ズボンが汚れるだろう小汚い犬風情が!」


 そのまま子犬へ近づき、男は煙草を取り出す。先ほどの態度とは打って変わり気味が悪い程の優しい声音で話しかけた。


「お嬢ちゃん。犬のままだと、おじさん嫌だからね。人型に変身してくれないかな~?」

「……な……なんで?」

「その身体じゃあ、出来ないからだよ!」

「きゃん!!」


 城主はもう一度、ボールのように子犬を蹴り飛ばす。また悲痛な鳴き声を上げる子犬を男は嘲笑う。


「ふふはっはっはっは! 全く魔物って奴は本当に馬鹿だな! こちらから言ってあげないと、これから何をするのかも想像出来ないのか? 思考力も想像力も無い! コイツらの頭は空っぽだ!」

「痛い……痛い、痛いよ……助……けて」


 何度も蹴られる子犬は徐々に女の子の身体となり、自分の身体を守るように蹲る。

 涙と血と痣で顔がぐちゃぐちゃになっていた。変身が解けたのを確認すると、城主は女の子の首を掴み、満足そうな表情で俺の元へと近づく。

 女の子の幼い身体は隠されることなく男達の眼前に吊され、白い綺麗な肌に痛々しい痣がいくつも付けられていた。

 意識が朦朧とする中、俺は必死に身体を動かそうとするが、上手くいかない。

 城主は、俺の眼前に女の子の身体を見せつけてくる。


「イット、性教育の時間だ。よく見なさい」


 幼い身体の味を確かめるように、男はねっとりと腹から胸にかけて舌を這いずらせる。


「い……いやぁ……」


 抵抗しようと泣きながら首を横に振る女の子だが、それを見た男は瞳孔を開き興奮気味な笑みを浮かべた。


「君と同じぐらいの女の子の身体だ! 初めて見たか? 興奮するだろ? これからどうやって女になっていくのか、私が実践して見せようじゃないか! あっはっはははは!」

「助けて……お父さん、お母……さん」


 目の前が暗くなっていく。



「お前ら魔物は、人間様を満足させる玩具! それがお前等の存在価値だ!」





 もう嫌だ……こんな世界……


「イット……たすけ……」






 この理不尽な異世界も……


 ただの……クソゲーじゃないか

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