第12話 化け物よ

 牢屋全体の掃除が終わり、そろそろ食べ物が支給される時間が近づいてきたので、各々の牢の中に戻り鍵を閉めていった。

 最後に、あの女の子は俺に言ってきた言葉を思い出す。


「イット……」

「……なに?」

「また……来てくれる?」


 不安そうな、表情を浮かべる彼女に俺は、出来るだけ笑顔を見せたつもりだ。


「う、うん。また来る。安心して……」

「わかった……約束だよ! 今度は……一緒に遊ぼ!」


 女の子もあどけない笑顔を見せてくれた。

 これから、この子がどうなるのかは分かりきっていた。だが、少しの間だけでも笑っていられるように願うしかなかった。





 自分の檻の中へ戻り、俺は横になった。

 頭の中で、マチルダの言葉が響く。



 ――この先を切り開いて行く為の勇気。



 結局……何も言えなかった。

 彼女に問われた勇気に、俺は言葉を詰まらせてしまった。


「……」


 俺が何も言えなくなってしまったことに、誰も怒ったりしなかった。

 寧ろ、マチルダは俺に謝ってきた「難しいことを言ってごめんなさい」っと……


「たぶん……嘘でも助けたい……とか勇気があるって言った方が格好良かったのかもな」


 後悔が頭を過ぎっていく。

 魔法の適正があるとか、転生して人生をやり直すとか、結局自分は変わっていない。

 消極的で、自分の言葉に責任が持てない。

 何もかもが怖いんだ。

 自分に……自信がない。


「結局……生まれ変わっても、何も変わってないじゃないか……」


 結局どちらの世界の親にも捨てられ、社畜になったか奴隷になったかの違いだ。

 魔法適正があろうが、俺のことを親切にしてくれ人が出来ようが、人は変われない。

 人は、結局変われないということだ。


「クソ!」


 石の地面を拳で殴る。

 不条理への怒りを無機物に当てるしか、今の俺には出来なかった。


「おい! 起きろイット!」


 突然、檻の外から声が掛かる。

 ゆっくり起き上がると、鍵を開ける看守のおっさん、後ろには兵が二人と豪華な衣装に顔の大きな男が立っていた。

 脂の乗った顔の男は、上機嫌に鼻息を鳴らしていた。


「んふ~、仕事が忙しかったから魔物と戯れるのは久しぶりだ。しかも、今日は新しいコレクションが増えたと聞いているからね~、楽しみだったんだよ」


 知っている。

 言葉の通りしばらくぶりに顔を見たが、相変わらずの醜男だ。

 コイツはここの城主である。

 舌舐めずりをする城主に、看守のおっさんはヘラヘラと近寄っていく。


「いやー、今日捕らえたのは何とワーウルフの幼体でして……」

「何!? 幼体だと!? それは少女ということかね!?」

「ええ、丁度コヤツと同じ年頃でしょう。冒険者との戦いで群れからはぐれた子供だと聞いております」


 看守のおっさんは俺を指さす。

 城主は俺を見て「ほほ~う」とニヤついている。看守のおっさんは、俺に牢の鍵を差し出す。


「さあ、いつも通りコレクションの場所までご案内しろ!」


 俺は無言で檻から出た。





 ランタンを片手に、男達を連れて地下牢を進んでいく。城主を見るなり、魔物達は怯えた様子で牢屋の奥へと身を潜めるのが分かった。だが、そんな中にも勇敢な者はいた。

 下半身が馬の姿をしたケンタウロスの娘が、鉄格子を掴んで城主に叫ぶ。


「お前達は、また罪のない娘を毒牙に掛けようとしているのか! この外道!」

「はっはっは! どうしたどうした。今日は一段と元気じゃないか? 私の温もりが恋しいのは分かるが君の番はまだだぞ? ん?」


 城主は檻に近づき、鉄格子を掴む娘の頬にねっとりと嫌らしい手つきで触れた。

 娘は苦悶の表情を浮かべるが、それを噛み殺し更に続けた。


「私が……相手になってやる。今後全て、お前の歪んだ願望に答えてやろう」

「ほう……」

「だからこれ以上、他の子達に手を出すな。約束しろ」


 娘の決死の提案に城主はニンマリと笑う。


「どうやら、この前の営みがお気に召したようだな」

「ち、ちが……!?」

「馬一頭をあてがってやったが、あれはとても情熱的だったね~。君の悲痛な鳴き声を今でも思い出すよ。あれよりもっと激しい夜に、君ならしてくれると言うのかい?」

「……っ!!」


 娘の顔色は徐々に青ざめていき、震え始めるのが見て取れた。その様子を見た城主の男は、満足そうに高笑いをする。そして上機嫌に牢へ響き渡るように話し始める。


「ああ美しい! とても美しいよ! これぞ、私のコレクションに相応しい反応だ!」


 城主は周りの衛兵や看守、そして俺に向かって語ってくる。


「君達もそう思うだろ! 怪物の姿をしたこの天使達を! こんなにも健気で可憐だと言うのにこの世の中の奴らは魔物という認識だけで、忌み嫌われている。殺され、壊されるべき対象なんだよ!」


 興奮気味に男は目をギラつかせ、今度はケンタウロスの娘に向かって続けた。


「ほんと~うに、君達の祖先や魔王という奴らは馬鹿ばっかりだったな! 人類に何度も敵対し、幾度となく魔王軍は敗北した! 人間様に勝てないというのに、同じ過ちを繰り返し成長しない。お前達魔物は、歴史的に言っても我々人類の配下に付くしか脳の無い低脳な存在なんだよ!」


 ……どういうことだ?

 俺は魔王を倒しにここへ来た。

 でも、魔王軍はすでに敗北している?


「魔王は……もういない?」

「おいイット! 今は城主様の御高説を!」


 俺の独り言に、看守のおっさんが被せてくる。だが、それ見た城主が笑みを浮かべる。


「ハハハ、ソイツには教養が無いのだろ? 仕方ないことだ」

「し、しかし……」

「構わんさ。まあ、わざわざ教えてやる必要はないが、魔王は現れた勇者によって討伐されてきた。歴史の中でのさ! そして、今回で四代目の魔王がこの世界を牛耳ろうと魔物達が活性化させている。私からしてみれば、金になる家畜を生産している能なしにしか見えないがね」


 そう言うと、城主は興奮のあまり檻を強く叩く。周りの大人達や魔物はビクリと驚くのが見えた。

 男は目を光らせ唾を飛ばし笑う。


「魔物との戦いで得た人類の叡智に、学習しない魔物達が敵う訳がない! よもやコイツらを倒すという行為は、合法的な殺戮を楽しむ娯楽となっているのさ! 人間の破壊衝動を満たしてくれる最高の玩具同然! お前のような奴隷よりも価値のないゴミ! それが魔物コイツらなんだ! アッハハハハハハ!」


 下品な笑いの後に男は目頭を押さえ、急に寂しそうに俯く。


「しかしな……戦うしか取り柄のない冒険者どもは壊し方がなっていないのだよ。剣で三枚下ろしする事しか彼等はエクスタシーを得られないなんて……私は彼等のようなお子ちゃま達の感性が可愛そうでならない」


 目元を隠しているが、悪魔のように歯をむき出して笑みを浮かべた。


「コイツらは心を持った玩具……いや、もっと私の気持ちを表現するなら芸術的造形の金管楽器と言うべきだろうな。心を砕いた時こそ鮮やかで、見事な音色を奏でるのだ! 泣き叫ばせ、命乞いをし、仲間を売らせ、最後には陵辱し、全てを諦めさせる! 自分の無力さを噛みしめさせた顔を見せた時こそ、私を心の底から魅了し……最高の輝きを見せてくれる! 私は人類の害虫であるこの娘達に価値を見出だしたのさ! 私は唯一無二、このゴミ共へ存在意義を見出だした芸術愛好家の1人なのさ!」


 だから、コレクションってことか。

 魔物には何でもやって良い。

 これがこの世界の常識なのか。

 殺すのも犯すのも合法で、ここの魔物の娘達は城主のストレス解消用の玩具。

 いや、自分の欲求を満たす性玩具だ

 女の子達の身も心もボロボロにして、自慢げにそれを語ってくれた。


「お前の方が、化け物だ……」


 今度は呟かない。

 我慢ならない煮えくりかえった感情が、この言葉を抑えることすらしなかった。自分でも驚くほど、心が冷え切ったように吐いた。

 俺の一言に一瞬にして辺りは静まりかえる。看守のおっさんは、顔を青ざめさせながらも我に返ると、そのまま俺の胸ぐらを掴み上げる。


「き、きき、貴様!! い、今、自分が何て言ったか……!!」

「ハッハッハッハ、良いのだよ! 所詮は子供の戯れ言。気にするな」


 看守の手を笑顔で抑える城主の男。

 大人しく退いた看守のおっさんを確認すると、男は煙草を取り出し張り付いた笑顔で一服する。


「確か、イットと言ったね君。君はこの魔物達を家族だとでも思っているのかね?」

「……」


 図星だが、それが正解だと伝える必要はなかった。

 何も答えず、目を真っ直ぐに向け続けると男は「フッ……」と鼻で笑う。


「君の考え方は面白いね。世間から隔離された人間は、やはり常識と掛け離れた思想を持つようだ。いやー面白い! 面白いよ!」


 面白がられても非常に不快だ。

 男は満足そうに、俺達へ伝える。


「今日は一段と楽しめそうだ。さあ、向かおうか、新品の楽器へ」


 抗うことは出来ず、俺も看守に押されるように進んでいった。

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