第4話 願いを叶えよ
3×3のボックス辺を持った正方形パズル。
その表面はモザイクのように色がバラけて配色されていた。
俺達にとって慣れ親しんだ色味と存在。
サナエルは「はい!」と元気よく頷く。
「これは、魔法元素体……キューブというものです! これから行く世界には魔法が存在するのです! その魔法体系はその正方形のパズルです! パズルを完成させることで、魔法を産み出すことが出来るのですよ!」
マジか……なんて俺達にとって都合が良い設定なんだ……
「論より証拠! 手始めにロイスが試してみると良いですよ!」
「は、はい!」
サナエルの振りにロイスは頷いた。
それと同時だった。
「……」
即座にロイスの指が動く。
手元が見えない程の高速でキューブを回転させていった。
速い――
いや、速いと思う間もなく、ロイスはキューブを完成させてしまった。
彼の手元に完成したキューブが出来たその瞬間だった。
「「う、うわあああ!?」」
キューブが紫に大きく燃え上がり、彼の手元に紫色の火の玉が宙へ浮かぶ。
その火球は、あろう事かサナエルへと向かっていった。
「うわああああ! サナエルさん逃げて!」
叫ぶロイスに、サナエルは笑みを浮かべながら棒立ちしている。
火球がサナエルに当たる寸前、何かにぶつかったように方向を変え、あさっての方向へ飛んでいった。
「大丈夫ですよ! この世界ではみんな無敵なのです!」
「おう……」
「今のは10秒以内に全面を配列した際に出せる上級魔法、詠唱がなかったので力の弱い
カオスだとか、ブラストだとか、ゲームのどうでも良い設定を聞いているような錯覚に陥ってしまい、サナエルの説明が左から右に通り抜けていった。
つまり最強なんだな。
「す、凄い! 魔法を……魔法を使っちゃいましたよ僕!」
興奮気味で目を輝かせるロイス。
俺も手元のキューブを眺める。
このキューブを完成させれば、俺も魔法が使えるってことか。
そのまま目線をサナエルに向けると、彼女は丁度話し始めた。
「お二人は、そのキューブを完成させることに長けている逸材なのですよ。だから、二人で魔王を倒してきてほしいのです」
「ま、待ってくれ! 俺が選ばれた理由はなんだ?」
俺は、サナエルを制止した。
「ロイス君が、異世界に行って欲しい理由はわかった。彼はキューブの世界記録保持者だ。魔法が速く出せるとかなら、間違いなく彼に適う奴なんていない。でも、俺は違う。俺は何処にでもいるサラリーマンだ。確かに立体パズルは初心者なんかより速いさ、でも……」
俺は、彼の才能とは釣り合わない。
俺のキューブ完成速度は最高二十秒だ。
ロイスの四秒と比べてしまったら、五倍速度が違うのだ。
人手が多い方が良いって考えでここに呼ばれたのだとしても、俺以上に速い奴らなんて何千、いや何万人といるはずだ。
サナエルがその問いに答えた。
「うーん……丁度死んだ人の中で、貴方がキューブを完成させるのが上手かったというのもありますが……」
「でも、俺よりも良い人材はいる。俺よりも技術的に上の奴なんて沢山……」
「一番は貴方が自分の命をかえりみず、小さな命を助けたからです!」
そう言われて、俺は死ぬ瞬間を思い出す。
小さな命とは……あの子犬のことか。
サナエルが続ける。
「ワンちゃんを救う人に悪い人はいないと私の中のジンクスが言っているのです! なので私は、心優しい貴方を選んだのですよ!」
「偉く甘々な審査員だな……そんな適当な決め方で良いならいいさ。あと聞きたいのは、何で異世界に行くのが二人なんだ?」
「……へぇ?」
「選定基準は……まあ、そこそこ適当なのは分かった。でも、この二人が同時に同じ異世界に行くって話なんだろ? よく分からないが、別に一人で良いんじゃないか?」
「……」
「……」
「……」
「い、いや、別にそんな考え込むことを俺聞いたかな? 何か俺の知ってる漫画とゲームって、主人公が一人で冒険に行くイメージがあるからさ。だから何か理由があるのかなと……まあ、無ければ別に――」
「そ、それは! 人が多いに超したことがないからですよ……たぶん」
たぶんって何だ?
俺も話している途中で、別に二人であるデメリットは特にない気がしているし確かにそうなのかもしれない。
二人で世界を救う方が良いという単純な話なのだろう。そっちの方が確かに楽そうではある気がする。だから、気にする必要はなかったのかもしれないが主催者(?)であるサナエルの様子を見ると、この子もどうして二人なのかという明確な理由は知らないような気がする。
……まあ、良いか。
そんなに重要ではないのだろう。
一頻り質問を終えた所で、サナエルが手を上げる。
「特に質問はありませんか! それではお待ちかねの異世界に魂を転生させますよ!」
すると、サナエルの上げた手から光の球が出現する。
「転生するにあたり、貴方達の願いを一つ叶えてあげましょう!」
「願い?」
「はい! 願いを増やして欲しいというのと、願いを叶える権限がほしいというもの意外を叶えるのですよ! 例えば力が強くなりたいとかモテモテになりたいとか、これから行く世界で戦う為に才能を授けることが出来るのです!」
まるで、前にそういうことを言われたのかという保険の入れよう。
それにしてもお願い……才能か。
いきなりそんな事を言われても、願い事なんて全然思い浮かばないしまだ状況を飲み込みきれては……
「じゃ、じゃあ! あの!」
ロイスが、前のめりになって手を上げた。
「僕の身体を強くして下さい!」
「身体を強くするのですか?」
「はい! 僕は昔から身体が弱くて、まともに走ることも出来なかったんです!」
ロイスは自分の手を見つめた。
彼は悲しそうに、そして悔しそうに見つめているように見えた。
「昔から走ると胸が痛くなったり、すぐ病気にかかったりして、まともに学校へ通うことも、友達と遊ぶことも出来なかったんです」
「ロイス君……」
「まだ、いろいろ理解できないことはあるけど……もし、これから生まれ変われるなら、ちゃんと走れる人間になりたんだ」
ロイスの事情は分からないが、彼の思いは何となく伝わってくる。
彼の願いにサナエルは頷く。
「良いですよ!」
すると、サナエルの掲げる光の球が更に輝きを増した。
『汝の思想、イデアのモトに具現化せよ!』
妙に大人びた声を出すサナエル。
光が弾けると、飛び散る発光体達が誘導されるようにロイスへと向かっていった。
「うっ!」
ロイスに光が当たると、彼の体内へと吸収されていく。
「ロ、ロイス君!?」
どうしたら良いのか分からず、自身の身体を抑えてうずくまる彼に戸惑うことなかった。
「お、おい! サナエルお前! いったい彼に何をした!」
「な、何って、来世に引き継がせる為に能力を強化して……」
「ふざけるな! どう見たって彼は苦しがって――」
「……あ、あれ?」
俺が言い終わる前に、うずくまり唸っていたいたロイスが何もなかったように立ち上がった。
「な、なんともありません」
彼の言うとおり、特に怪我も無いようだ。
変わった所も特に見当たらない。
サナエルはフフンと踏ん反り返る。
「見た目は変わってませんよ! ロイスの身体能力が向上し、これから行く世界できっと活躍出来るのですよ!」
自信満々のサナエルは、次にこちらを見つめた。
「さあ! 次は貴方の番ですよ!」
「お、俺?」
「そう! さあさあ、願い事一つ言ってみてください! 身体能力でも、生まれ変わったら貴族の家に生まれるなんかでも、魔法意外に超能力が使えるでも、はたまたイケメンさんになるでも……」
サナエルは熟々と要望例を並べていくが、俺の要望は正直決まっている。
「俺の……願いは……」
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