第5話 帰還させよ

「ロイス君だけでも、現実世界に戻してあげられないのか?」


 俺の言葉を聞いたロイスとサナエルの開いた口が塞がらなかったようだ。


「え……返しちゃうのですか!?」

「ああ、一応これでも俺は大人だ。将来有望のロイス君が死んでしまったなんて、聞き捨てられない。それに親御さんだって悲しんでいるはずだ。そうじゃないのかロイス君?」

「……」


 俺の言葉に俯くロイス。

 心当たりがあるのだろう。

 そりゃあそうだ。自分が死んだという事実だってそうだし、違う世界へ行くことになったということは、自分の家族にだって会えないという意味だ。

 若い彼には受け入れがたい現実。

 彼は今回の件にやる気を出しているみたいだが、普通は俺みたいに動揺すると思う。

 自分の身に起きていたことを忘れていたのだろうか?

 いや……目を背けていたのかもしれない。

 俺だって、もっと若い頃だったら自分が死んだなんて言われたら信じたくない。

 そんなことを思っていると、慌てるサナエルがロイスに訪ねる。


「ロ、ロイス……もしかして、おうちに帰りたかったのですか?」

「……僕は」


 ロイスが少し間を開けて答えた。


「僕は……現世に未練はありません」

「なっ!? ロイス君、本気で言ってるのか!?」

「はい、学校にはたまに行ってましたが虐められてたし、親も僕のこと嫌いだったと思います」


 そう言うと、今度はロイスから俺に尋ねてくる。


「貴方こそ戻らなくて良いんですか?」

「え……」


 彼は俺の瞳をジッと見つめる。


「貴方だって、現世で心配してる人が居るんじゃないですか?」


 ロイスの当然ながら鋭い返しに、俺は言葉が詰まった。


「俺は……俺には何もないんだ」

「……何もない?」

「俺の両親はとうの昔に他界している。妻も恋人もいない……待っているのは、サビ残ばっかりの会社ぐらいだ……」


 自分の過去や現実を思い出したくはない。

 良い人生とは呼べない物だったからな。


「だから、俺はどうなってもいい。転生出来なくても……寧ろこのまま死んだって良いくらいだ。誰も悲しんだりしない」

「え、えっと……その……」


 俺のネガティブ発言に、サナエルはオドオドする。

 こんな空気にして申し訳ない気持ちなるが、正直これは事実だ。現世に未練がない。

 それどころか、自分という存在がなくなってほしいと思っているかもしれない。

 死んでしまったからこんなにハッキリと言えるのかもしれない。

 俺というネガティブな存在は社会的にも感情論的にも理論的にも否定されてきた。

 そういう……人生だったんだ。


「俺には人間としての価値なんてないんだ。生きても死んでも一緒なんだよ」

「……それなら、僕と同じです。僕も誰かに肯定され、求められたことなんてありませんでしたから」

「そんなことない! 君は世界レベルで認められているじゃないか! 例え遊びの道具だとしても、人類が今まで成し遂げられなかった世界記録を持って……」




「あんなもの! どうだっていいんだ!!」




 ロイスが声を張り上げた。

 静まりかえり俺達の驚いた表情を見たロイスは、苦悶の表情を浮かべ俯いてしまった。


「……すみません。いきなり大きな声を上げてしまって」

「あ、い、いや、その……ごめん……」


 俺も言葉に詰まる。

 何か彼の触れてはいけないものがあったのかもしれない。


「あ、あの、だ、大丈夫ですよ! お願いごとは保留にしてもらっても!」


 俺達の様子を見ていたサナエルは、慌てて間に割り込んできた。


「原則として、死んだ人間は現世に帰れないことになっているのです。戻るとしても、違う生き物へ生まれ変わるルールです。輪廻転生の輪に入らなければいけませんよ?」

「輪廻転生?」

「はい! ロイスや貴方はすでに死んでいるのです。死んだ人間は今回ように天使達からの特例がなければ生き返れないのです。それがこの世界のルールです! もし、現世に戻りたいなら、貴方達の魂はミドリムシさんやアメーバさんに生まれ変わって……」


 サナエルの長い説明が入るが、とりあえず俺達は普通に現世へは戻れないらしい。

 彼女も長々話ながら、この場の空気が落ち着いたのを確認すると提案してくる。


「――と、話はここまでにしておきます! いきなり、お願い事を言われても思いつかない気持ちは分かるのですよ。なので、思いついた時にでも私を呼んでくれれば良いですよ!」


 ということで、ロイスは身体能力の強化。

 俺は保留ということになった。


「それではお二人方、特に聞きたいことはありませんか? それとも現世に帰りたいとかは……」


 サナエルは俺達の様子を窺うように恐る恐る訪ねる。

 いきなりいろいろありすぎて、俺達は反応に困っていた。

 ロイスも先ほど怒鳴ったせいで、こちらに目を合わせてくれない。

 そこまで気にしなくて良いのだが……

 反応がないのをオッケーと捉えたのか、サナエルはまた明るい様子を見せる。


「大丈夫ということですね! 心配しなくても難しいことは何もありませんよ! 何か質問はありますか? 教えるだけなら後ででも教えにいきますよ! 立て込んでなければですけどね!」


 フンスッ! と胸を張るサナエル。

 俺達の無反応にウンと彼女は頷き片手で空を指す。


「それでは勇者諸君! 健闘を祈る!」


 辺りがまばゆい光に包まれていった。

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