第24話 身を穿つことば

 赤く染まった景色は、ひたすらに血の色を思い出させる。その色は人を興奮状態に陥らせ、心拍数を上昇させる。また、食物の消化吸収や排泄といった、戦闘状態に為すべきではない行動を抑制する効能もあった。


 それはすなわち、マーリンの献身的な看護によりかろうじて回復したアーサーの身体を強く蝕む結果をもたらす。少年王の魔術によって強化されたその「赤」はアーサーの肉体の毒の浄化機能を著しく低下させ、神経毒を強く発現させた。


 勇者であるアーサーと手負のメトリスを囲むようにして身構えた一行の真ん中で、一行が戦う理由にして精神的支柱である勇者が倒れた。倒れた——だけならまだいい。高熱にうなされた患者のように、うわ言を吐いて、口からブクブクと泡を吹いている。そのさまはまさに気を違えたようで、一行がそれぞれ構えた武器の切先がぶれてしまう。それを見透かしたように、「赤」が勇者の陣営を侵食した。ぬるりとまとわりつく雨季の湿気のような気味悪さがマーリンの髪やテトの纏う衣を湿らせる。


『——ふん。その程度の力で、僕に勝とうとしていたの? つまらないなぁ。僕は小動物をいじめたときにでる、喉が潰れたような鳴き声が大好きなんだ。君たちは喉を潰したら命ごとなくなりそうで、いたぶり甲斐がない』


「だまれ」


『亡国の王子、そして僕の小鳥ちゃん。オマエに発言を許した覚えはない』


 甲高い声が、一気に冷える。そして、テトの衣が真紅の炎となってテトの体を焼く。テトが熱さのあまり身を捩るたびに、心底愉快だと言うように笑い声が森にこだました。


『かわいいね、小鳥ちゃん。君のその姿を額に飾って王の間に飾っておきたいくらいだ。謁見にくる下々の者はそれを見て驚き、そして喝采するだろうな。王国を危地に追いやった赤い眼の民が大いに苦しんで死んだのだと』


「それが貴様の本音か」


『……は?』


 マーリンの落ち着いた声が、少年王の笑い声を途切れさせた。


「庶王よ。間違っても神王にはなれぬ者よ。お前は世の不条理を正す力を持たぬゆえに、自身への非難の刃を逸らすのに躍起なのだ」


『僕を怒らせてヘマをさせようって? ハハハハハ! ハハ、ハハ。僕は冷静だ。そしてオマエたちよりも強い。それで十分だ』


「十分? 笑わせるな。庶王、お前は常に満たされない。満たされてはいない!」


『何を以ってそう考えるのだ、小癪な娘』


 風景をずっと赤く染めていた何かが、すっと色褪せた。マーリンは答えない。頬にうっすらと笑いさえ保っている。メトリスはそんなマーリンの背中をただ眺めるしかなかった。アーサーはまだ、意味を持たない単語の羅列しか口にできていない。


 ——いや、違う。メトリスは気づく。先程までは、アーサーのうわ言は言語のテイをなしていなかったはず。確かに、単語にすらならない汚い「音」に過ぎなかったのだ。


 マーリンは一向に口を開かない。少年王は、マーリンの言葉を待っているようだ。庶王が受け身になった。こんなことは、予想できなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る