第23話 名峰ラッセンとネズミの貴種の名前の謎
人間たちの住む大陸北部と、魔物たちのいる大陸南部を隔てていた雪を冠する名峰、ラッセン。魔王の侵攻に対して最前線で戦ったメタ王国もまた、大陸の北部と南部の勢力圏の境に存在していた。
魔王は南から攻めてきた——その通説を覆す、メタの末裔の証言。敵は北から、すなわち背後から攻めてきたと言う。それは一行にとって、反射的に拒否したくなるつらい事実であるとともに、アーサーの言葉との符合を思い返して納得してしまうことでもあった。
——剣と魔法で魔王は倒せない。王国と魔王は歪な共生関係にある。
こうなると、差別の対象になりがちなメタ王国の民を保護するという目的での、元第一王子テトの処遇にも別の一面が見えてくる。
その真偽を確かめ——そして、心の決心をつけるためのひとときの沈黙は、長くは続かなかった。
言論監視システム《古代の遺産》——。
「ゥ………」
「え?」
「は……?」
かつて人間だったナニカ。ヒトのしての姿形を失い魔物となったが、少しだけ理性を取り戻し、勇者たちに有益な情報を与えようとしていたその真心が、もはやその尊厳すら奪われた。
「王よ」
喉の奥から搾り出すように、テトが言った。親しい呼びかけとしてではなく、絶望、あるいは諦めとして。それを少年王は、朗らかに受け、嬉しそうに返答した。
「王の地位がすぐ手の届く位置にあった者、そして現在における余の小鳥ちゃん。久しぶりだね、戻ってくる気にはなったかな?」
魔物だった《彼》から煙が立ち、それが人の胸から上の、石膏で作った像のようになる。魔物の死骸は揮発して消えていく。自身の姿形が醜悪になり理性すら奪われる、それだけですでに、人間という存在への冒涜であったが。その肉体が、赤の他人のつまらない広報に使われるとは。自らの口で自らの与かり知らぬことを語られるとは。
そして、一行には雷が落ちたように緊張が走った。アーサーももはやダメな勇者を演じたりはしない。この国を治める庶王に、彼らの存在も企みも、恐らくは見透かされているだろう。取り繕っても無駄なのだ。
「ふぅん……そう。小鳥ちゃんが逃げ出したのは、外の世界の方が居心地がいいって唆した悪い狼の仕業って思ってたんだけど。テト、君も余に剣を向けるの? 残念だなぁ。悪い子に染められちゃったんだね」
「へ……陛下」
「無理に敬称なんてつけなくていいよ。だって君たち、余のこと尊敬なんてしてない癖にさー。——そういうの。本当に気に障るから。覚えといて」
少年王の声のトーンが、数段上がった。より冷酷に、しかし、より激情を感じさせる。
「君たちは、もう気づいちゃったみたいだから。みんな殺すね」
言い終わるや否や、石膏像は煙に戻って瞬く間に霧散し、入れ替わるように、周囲の木々や小動物たちが赤く変色し、一行に一斉に、明確な敵意を向けた。
「薄々勘づいてるよねぇ。ラッセンというネズミは、知性を与えられなかったのではなく、奪われたのだよ。それを知ったところで助かる見込みはないがな」
ハハハハハ……と嗤う声が、赤く染まった地にこだました。
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