第17話 アーサー、ビターンを食らう。
「どういうことよ」
メトリスも救出でき、皆合流でき、これで魔境へ侵攻できるというのに、アーサーは魔境へと向かわなかった。
「なんで魔王を倒しに行かないわけ? 魔王とっとと倒して凱旋しないと王家からもずっと追われたままになっちゃうよ?」
「うん、魔王も王国も相手にすんのはめんどいから……まず王家を倒す」
「は? 何言ってんの? いよいよ反逆者になっちゃうじゃん? いくら魔王と庶王が繋がっているからといって、魔王さえ倒してしまえば王家も言い逃れできないんじゃないの?」
マーリンの作戦では、王宮から逃げ出したテトを連れている限り王家から追手が差し向けられ続けるのだから、とっとと魔王を倒し凱旋して、英雄としての地位を確立し、滅多なことではテトを殺せないようにするべきだと思っていた。しかし、アーサーはそれでは手ぬるいという。
「テトが言ったよね。王家は魔王と協力関係にある。内憂を外患で誤魔化すっていう王家側の利益もあるけど、魔王にも利益があるんだ」
「それは、何?」
マーリンは恐る恐る尋ねた。ポポロやメトリスも興味津々にアーサーの発言を見守る。テトはというと、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「――我々を、徐々に魔物化させることだ」
「どういう……こと?」
「思い出せ、マーリン。昔、それこそ俺たちがチビだったころ、魔物はそれほど多くなかった。そのころ魔王なんてこの世にはいなかったんだ。魔王の領地に大地が組み込まれ土と水が毒を有し空が曇る前にも魔物はいた。魔王が進軍し、魔物が増えた。増えた分の魔物は、皆赤い」
「……魔王の発する
「いや、赤い魔物は、テトの国のかつての国民たちだ」
その言葉の意味は、恐ろしく残酷だ。皆唾を飲み込む動作をし、こみ上がる違和感に耐える。
「いや待ってアーサー。あんな気味悪い恰好した魔物たちが、元は人間だったなんて」
――嘘でしょ。そう言おうとしてポポロの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。テトの悲痛な顔が、物語っていたからだ。
「そんなぁ、」
口を覆いながら、メトリスがふわりと倒れそうになる。身体の力が抜けたのだろう。それをテトが優しく受け止めた。なお、メトリスを受け止めるためにアーサーを背負っていた両手はほどかれ、アーサーは地面に全身を強く打った。
「ってえ……なんだよ、急に落とすなよテト。……テト?」
見ればメトリスを抱きとめたテトは心なしか頬を赤く染めているではないか。メトリスも、まんざらではなさそうな……?
「気づいてなかったんだ、アーサー」
重い話を忘れるようにポポロがキョトンとしたままのアーサーを茶化す。
「あの二人、両思いだよぉー」
「え、マジ? マ?」
マーリンとポポロはテトとメトリスをやいやいと盛り立てている。騒がしくなった一行を見て、アーサーはふと顔を曇らせる。
「こいつら、大丈夫なんだろうか。真実にたどり着いたとき、正気でいられるのか?」
「ん、どうかした?」
ポポロの明るい顔に、少しの癒しを得る。一人だけで抱えているこの国の真実を、早く吐き出してしまいたい思いに駆られることもあるが、それはいけないと気を引き締める。なにせこの国には、王宮の有力な魔術師が敷いた言論監視システムがあるのだ。
あの一言を言っただけで、即時に感知され、〝古代の遺産〟が発動して発言者は死ぬ。そのシステムの全容が明らかになるまでは、何も言わない方がいい。
それにしても、早く背負ってくれないだろうかと、地べたに寝ころんだままのアーサーは思うのだった。
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