第4章 違和感は確実に

第16話 戦えない勇者の救出劇(後編)


「…………ここってさ」

「うん、メトリスの家だよね……」

 移動魔法のうち、位置を座標で指定する方法が一番確実だ。しかしメトリスがいる座標はわからなかったから、マーリンはターゲットを指定してその近辺に移動する方法をとった。メトリスの持つ魔力を識別しその濃度でメトリスの居場所を割り出す方法だが、こちらはもやのごとく実態のないものを対象にしているだけあって、やはり精度が悪い。だからこそ、これは何かの間違いで、自分たちは目標とは違うところに飛ばされたのだろうとポポロは納得しようとした。

「ほら、メトリスの住んでる家なんだから、メトリスの魔力も濃く残ってる、それだけのことだよ、ね」

 自身を納得させようと強く言い聞かせるポポロに、マーリンは応えない。

「さすがのマーリンの魔法でも、やっぱり不正確なときもあるんだね」

「…………」

「ねぇ、帰ろ、マーリン。アーサーの腹痛はあいつの不摂生が祟っただけだよ。――まさか、ここで。メトリスの住む家で、アーサーがあんなに苦しむほどにメトリスが痛めつけられてるわけ、ない」

 感覚の共有には限度がある。感覚を共有しあった人間のなかで、刺激を感じた本人の感覚の三割ほどの刺激しか他には伝達されない。これは感覚の共有という技術を身につけたヒューマンやエルフが、共有された感覚を通じて許容範囲を超えた痛みを感じることで共倒れになることを防げるように独自に進化した結果だと考えられている。

 つまりマーリンたちにはわかるのだ。アーサーが感じている痛みから逆算すると、メトリスの感じた痛みは想像を超えるほど……それこそ、拷問を受けているくらいだということが。

「王宮とか、取り調べ所とか、そういうところじゃなくて、なんでメトリスの家なの?」

 ポポロは泣きそうだ。

「まさか、メトリスはここで、叩かれて泣いてる、なんてことはないよね? ひぐっ」

「泣いてる暇はない。行くよ?」

 そうマーリンが戸を叩こうとしたその瞬間、まるで二人の来訪を待ち受けていたかのように、その玄関扉は内側から開かれた。忌まわしい血の色の杖を持った紳士が、家の中から二人を見据えている。

「メトリスのお父さま……」

「我が家に、何の用ですかな。メトリスという女はもはや我が娘ではありません〝我が家〟に関するご用件がないのであれば、お帰りください」

 にこやかに言うその顔とは裏腹に、メトリスの父親は地につけて歩くはずの杖を上向きにしてパンパンと手で柏手かしわでを打ってみせる。ザッ、と砂が擦りあわされるような音一つで背後に十数人の人の気配も出現した。

「ただで返す気はなさそうですね」

「フフ……政府への反逆者をみすみす見逃すとお思いですか?」

「その杖――メトリスの血じゃないよね⁈」

「……年上への口の利き方がなっていないようだ。躾をして差し上げます」

 魔力の増大、空間のひずみ。マーリンとポポロはそれを鋭敏に察し、振り下ろされたと同時に伸びてきた杖を両側に飛びのいて避けた。

「フッ……意外にやるじゃないか。君たちは仲間思いのいい子だね。それが命取りになるかもしれないというのに」

「どういうことよッ」

 ポポロが噛みつく。

「アーサーとやらの身柄が、どうなってもいいのかい?」

 二人の動きが、止まった。

「なによ、脅かしたつもり?」

「ううん、感覚共有がさっきから繋がらない」

 アーサーの側にいるテトと、共有したはずの聴覚には、自分がいま聞いている音以外の音はなかった。


「どうもー勇者アーサーですー」

「……え?」

「は??」

 間延びした声とともに、アーサーが現れた。勇者にしては不格好にもテトにおんぶされていた。マーリンとポポロは口をあんぐりと開けたまま放心し、メトリスの父は少し狼狽したように唇を舐める。

「いやさ、感覚共有は二人からこっちへの一方向の共有しか遮断されてなかったから、こっちからは聞こえてたんだよね」

 っつーことで、とアーサーは言う。

「俺を人質にする作戦はおじゃん!」

「ふ、人相書の人間が自ら現れてくれるとは、当方の手数が少なくて済んだわ」

「あ、あとメトリスもいるよ?」

「ふぁっ?」

 アーサーをおんぶしたテトの後ろには、おずおずと二人を伺うメトリスの姿があった。

「ええ、いつの間に?」

「マーリン、私たちの見せ場、奪われたね……」

 とはいえ目的は達成した。メトリスも含め五人は、移動魔法でそこから消えうせた。臍を噛む男一人だけが、残された形だった。

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