第15話 戦えない勇者の救出劇(前編)

「い……いでででで」

 王の追っ手から逃げる途上、アーサーの家からわずか一区画も進まないうちに、アーサーは腹を抱え込んでうずくまってしまった。人目につく道路のど真ん中でアーサーが止まったことに一行は驚き戸惑いつつ、立ち上がれないアーサーをみんなで引きずるようにして道路脇に寄せる。そしてたまたまあった建築途中の建物のなかに身を潜めることになった。

 骨組みはほとんど完成しあとは壁を作る行程が半分ほど残っていると思われるその建物には、確かにとび職用の足組みがあるのに人の姿は見えなかった。少し遅い昼御飯でもみんなで食べにいっているのだろうか。

「とりあえずここでアーサーの様子をみるか。見つかった暁には、交戦もやむ無しだな」

 ポポロの冷静な分析にマーリンも同調する。普段ならひっぱたいてでも歩かせるところだが、追っ手に終われている今万全ではない状態で敵前に飛び出しても利はない。交戦が避けられないのならせめて、きちんと迎え撃たないと早々に全滅してしまう。

「――ったくへっぽこ勇者ぁ? 貴様が言い出しっぺなのにこんなところでへたりこむとは何事だ、あぁん?」

 ――とアーサーの胸ぐらを掴んで問いただしたい気持ちをぐっと抑え、マーリンは自分の肉体に魔力を蓄えていた。

「木々よ花よ、それら育む大地よ! 我らに加護を与えたまえ」

 密集して身を潜める四人のうち、マーリン以外の三人にすら聞こえないほどの小さな声で、マーリンは〝さえずる〟。いまマーリンが使おうとしているのは、小鳥などが木々に紛れて捕食者から逃れる機構を真似た、自分たちを他人からは見えなくする〝透明人間スケルトン〟という魔法だった。この国で一般的に使われている魔法とは違う系統の魔術の使い手だというテトも、マーリンの能力を見定める意図があるのか、手出しはしない。

 ――ごめんね鳶職のみんな、職場をちょっと借りるよ――!

 さすがは魔法学校の首席といったところか、マーリンは〝透明人間〟の魔術を拡張し、建物そのものも隠してしまうらしい。建てていたはずの建物が消えて、大工たちはたいそう困るだろうが、背に腹は変えられぬ。

「――魔法詠唱! スケルトン・オール」

 詠唱ののち、ふわりとなにかに包まれるような感覚とともに四人は建物ごと隠された。詠唱は成功だ。

「マーリン! ナイス、さすがは一流だね。で、無事目眩ましができたとあれば、次はアーサーか。テト、君の知る魔法にも治癒魔法ってのはあるのい?」

 ポポロは横目でマーリンの状況を把握し、続け様に魔法を使わせるのは最善ではないと判断した。アーサーの腹痛かなにかは、テトに治してもらおうと思った次第である。

「む、治癒魔法……確かに似たものは存在する。アーサーの腹を治せばいいんだな」

 テトが手の平に光の玉のようなものを集め、アーサーの腹に当てた。

「う……ん、うぐぅ……」

 苦悶の表情を浮かべ天を仰ぐアーサーを、心配そうに二人は見守る。マーリンはそんなアーサーの額から吹き出した脂汗を指で拭った。

「……っ! はぁ、はぁ、くっ……」

「テト、ホントに治癒魔法効いてるの?」

「それが不思議なのだ。痛みの原因は、アーサー自身の肉体にはないような……妙な感触がある。探してはいるのだが……?」

 首をかしげるテトに、アーサーが苦しげになにかを告げた。テトは目を見開き、もっと聞こうとアーサーの口に耳を寄せる。

「それは……! 大変なことになった。アーサーは残ることを決断したメトリスに感覚の共有術を施していたらしい。この痛みはメトリスが感じている苦痛の発現――メトリスが危ない」

「なんですって?!」

「そんな、メトリスのやつ私たちを庇ったのかしら……」

 憤慨するポポロ、なにかが引っ掛かるようなマーリン。しかし意思は一致している。

「メトリスを助けにいかなくちゃ! マーリン」

「うん。テトさん、私たち二人はメトリスの救出に向かいます。隠れ蓑の魔法は魔力さえあれば維持できますからテトさんで十分でしょう。あなたと私とポポロで、耳の感覚を一部共有します。アーサーの痛みがとれたら教えてください、それを作戦成功と撤退の合図にいたします」

「なにかメトリスに苦痛を与える魔法が仕掛けられていたならそれも解いとかないとね! それも含め完遂したらアーサーの腹痛もなくなる。了解したよ!」

「私も承知した。アーサーのことは任されよ」

 こうしてマーリンとポポロは、移動魔法を用いてその場から消え、仲間の救出に向かった。

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