第14話 友人との断絶と豹変した者

「知らないとは言わせん。勇者アーサーはどこに逃げた」

「し、知りません――本当ですお父さま」

「貴様、反逆者テトを匿い、あろうことが共に逃げた者と最後に接触したのがお前であると、調べはついているのだぞ?」

 メトリスは父親の、今までに見たことのない冷酷で冷たい目に震えあがっていた。メトリスは薄暗い地下室にいた。壁には赤黒い、血の跡。こんな異質で恐ろしい空間が自分の家の地下にあったとは、住人だったはずのメトリスは今日まで知らなかった。

 王宮からの追手に捕らえられ、家に帰った。父は兵の言葉を聞き、娘を見た。その瞳は既に、昨日までの愛娘を見る目ではなかった。父親はメトリスの黒く長い髪を掴み、疲弊してうつむくメトリスの顔を無理矢理に持ち上げたのだ。

「家の恥が」

 そんな言葉を、父親から聞こうとは。

「どうして、アーサーと最後に会ったからといってこんな仕打ちを受けなければならないのです! アーサーは豹変しました。私が共に逃げないと知るや私を打ったのです。この痣を見てください、私は被害者なのです」

 メトリスは追手の到着までの短い時間で、家具のあちこちに身体をぶつけて痣をこしらえていた。とはいえその痣は、取り調べを受けたときに万が一アーサーの仲間だと思われないように、であって。自分の父親が率先して自分を疑い、自分を椅子に縛りつけた上で拷問を強いるとは思ってもいなかったのだ。

「――嘘つきは嫌いだよメトリス」

「い、嫌あああああああああっ」

 椅子からは電気が走り、身体中を食い荒らす痛みにメトリスは悲鳴をあげ背を逸らせた。その反動で椅子は大きく前に重心を移し、メトリスは顔面から床に打ちつけられる。

「ひぃっ、どうかお許しください、お父さま……」

「全て吐くのなら許してやろうメトリス。貴様が家の名に傷をつけるなんてね」

「私は何も知りません……それがすべてですお父さま、ぎゃあっ」

 ビクン、と身体が跳ね、メトリスは失神した。そんなメトリスを見て、父親は冷酷に召使いに水をかけろと命ずる。

「しかしご主人様、これではメトリス様が」

「――やれ。庇いだてするなら貴様の命もない」

「はい、只今――」

 メトリス専属の召使いである中年の女性は、泣く泣く倒れたメトリスに水をかける。なるべく痛みなく目覚められるように、優しく水をかけるのだ。

「ふっ。生ぬるいな」

 そんな召使いの持つバケツを奪い、なみなみと冷たい井戸水を汲み上げては、父親はそれを頭に勢いよくぶちまける。

「ん……い、痛い」

「お前に発言を許した覚えはない。痛みに耐えつつ、本当のことを話す気になれば合図せよ。ここに私の靴を置いておく。それを舐めればこちらに通じる。その惨めな体勢のまま私の手を煩わせたことを反省しているがよい」

 椅子に縛られたまま地面に頬をつけたこの体勢を、戻すことさえ許されなかった。召使いがこっそり戻してくれるかもしれないと期待したが、その召使いもまた、後ろ髪引かれるようにこちらを何でも振り返りながら去っていってしまった。

「どうして――どうして私がこんな目に――うっ」

 メトリスの父親は、本当にメトリスに自白以外の発言を許さなかったらしい。メトリスが泣き言を言うと、脳が締め付けられるような痛みを感じた。治癒魔法はなぜか使えない。メトリスは自身の身体のなかから魔力の気配が消えているのを感じ、恐れに意識すら遠のく心持ちだった。

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