第10話 王の野望

「小鳥ちゃん」

 王が呟いた。しかし応答はない。彼に与えた部屋の戸の前で、少年王は眉を顰める。――それこそ、駄々を捏ねる子どものように。

「小鳥ちゃん? 余が呼んだら返事しろって躾したよね⁈」

 ヒステリックな声は、反響する。そして少年王は悟る、〝飼っていた鳥が逃げたことに〟。

 端正な顔立ちを醜く歪ませ、誰かに当てつけるように鋭い舌打ちをした後に、彼は踵を返し執務室に帰った。

 してやられた。なんとかして連れ戻さねばならぬ。それが王の心。

 この王、実は正当な王ではない。先代の王の第十八王子として側室の元に生まれ、王族に保障された数々の贅とは無縁に過ごした。母親である側室の出自から、臣籍に下らせるという話も王族関係者のなかには出ていたらしい。彼は思った。王の血を引く者が自分一人になれば、自分の地位は保障される。元はといえば、王族であり続けたいという子どもらしい動機で彼は王位継承権を持つ兄弟を皆殺しにしたに過ぎない・・・・

 高級な酒、大理石の宮殿、数多くの国中から集めた女たち、従順なしもべの数々。あの頃にはなかったすべてのものを手に入れたはずなのに、少年王はいまだ足ることを知らなかった。

 彼が小鳥と呼ぶ人間は、かつて王となるべくしかるべき教育を受けた他国の王子であった。少年王は小鳥を飼っておきながら、嫉妬心に飼われていた。自分にないものを持っていた赤い目の従者を常に付き従えていることは、彼にとって精神安定剤のようなものだった。

 その小鳥が、逃げた。それは王を酷く狼狽させた。


「アーサー……アーサー……起きて、お願い……」

 勇者アーサーは、相棒の泣き声をちゃんと聞いてはいた。だが、禁忌の代償に内臓を奪われたその身体では、膝のあたりに抱きつくようにして泣きわめくマーリンの姿を視界に収めることさえできない。ましてや、声を出そうとすれば肺が千切れるような痛みに襲われる。

(起きてるんだけどなあ……気づけよ我が嫁……)

 マーリンが聞けば激怒しそうな心の声だが、幸か不幸かそれが届くことはない。

 それにしても、とアーサーは思う。痛みを感じるということは生きているということ。生きているということは、術式は機能しなかったということ。

(止めちゃったかあ、マーリン。術式が破綻していることに気づいちゃったんだな。まあ、途中まで行っただけでも、波動はでてるだろうし……)

「アーサー!」

 マーリンは、術式を無事に破壊したにもかかわらず一向に反応しない相棒を諦め、一日中何も食べずにいて鳴りだした腹を満たすために立ち上がった。そこで、アーサーの目がしっかり見開かれていることに気づいた次第である。

「アー! サー! 起きてたんなら返事をしろ!」

(痛い痛い揺さぶるな我が嫁)

 マーリンはアーサーの痛みに歪む顔を視認し、とてつもない量の魔力をアーサーの身に叩きこんだ。

「アーサーの馬鹿! 魔法も使えないヒューマンの癖して! そんなに魔力が欲しいならくれてやるわ!!」

 なお、魔力を貯める器が大きくないヒューマンに膨大な魔力を一気に持たせてしまうと凄まじい苦痛を伴う。アーサーが行った術式でさえ、アーサーの肉体に徐々に魔力を蓄える仕組みだったのだ。術式の代償で疲れ果てた身体にさらに魔力を注がれて、アーサーは白目を剥いて失神した。

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