第8話 見つかった欠陥

 勇者アーサーは、禁忌の魔術に刻々と質量を奪われている。

 手始めに禁忌は彼から胃を奪った。なんの前触れもなく鮮血を大量に吐き出しては、痛みに耐えるためか腹を抱え込み、そのまま身体を折るようにして倒れこんだときのことを、マーリンは今でも思い出せる。

 生体等価交換は別名〝亡者の魔術〟とも言われ、一度発動してしまえば、もう止められない。それこそ、発動させた者の身が滅ぶまで止まらないのだ。

 こればかりは、魔術学校を首席で卒業した秀才マーリンにもどうにもできない。貴種ラッセンからの魔力と引き換えに肉体を奪われていく相棒に、何もできないのだ。マーリンはただ、無力感の渦中でもがくことすらできないでいた。

 魔術はこの世界に多大なる繁栄をもたらした。その一方で、使い方を誤れば世界を滅ぼすことも可能なのである。魔術学校で三年もかけて教わるのは、〝やってはならぬこと〟。先人の失敗に学び、安全性が確立された魔法しか使わないことが、魔術師には第一に求められる。

 走り出しては止まらない列車が、知らない間に走り出してしまった。それも、自分がこれと見込んだ相棒を乗せて。相棒の決死の覚悟にも気づかないで。

 せめて最後まで見届ける。それこそが、彼女が自身に課した運命さだめ

 けほ、

 アーサーは咳をした。それだけで大量の吐血。


「……リン? マーリン? いるんでしょ、返事してっ?!」

 マーリンは、先ほどから鳴り響いていた魔鈴、来訪者の存在を告げるベルの音にようやく気づいた。

「ポポロ……? それにメトリスも」

 マーリンの職場の同僚で、オフには一緒にマカロンを食べに行く仲のエルフ二人がそこにいた。

「返事ないから心配したじゃないっ」

「血の臭いもしたのでー、最悪の状況まで、思い浮かべちゃいましたー」

 青ざめた顔で、しかしマーリンの無事を喜ぶように微笑んでみせた二人は、マーリンの肩越しに見えたものに再び硬直する。

「ねえマーリン、あれって……」

「うん、私のクソ勇者」

「……思ってたより、マズイですねー」

 エルフである彼女らには、術式が見えている。それは蔓のようにアーサーの身体に巻きつき、ドクドクと脈を打ちながらブクブクと肥え太っていた。

 けほ、

 何度目ともわからない勇者の吐血に、マーリンがアーサーの元に駆け戻る。それを見て、ポポロが何かに違和感を感じた。そしてメトリスに何かを耳打ちする。メトリスは目を見開き、その通りだとでもいうように頷いた。

「マーリン、これ、せめてもの……」

 痛み止めをポポロはマーリンに差し出す。術式を止めることはできないが、治癒魔法ではない薬草での治療は効果があるはずである。

 マーリンは何も言わずそれを口に含み、アーサーに口移しした。そうでもしないと飲み込んでくれないのだろう。

「で、これはマーリンに」

 メトリスが差し出したのは、昨日発売になったばかりのマカロンだった。

「こんなの、アーサーが苦しんでいるのに食べられないよ」

「……ううん、マーリンも頑張ってるから、ちゃんと食べないと。――それに、アーサーは助かるかもしれない」

「えっ……⁈」

「術式は完全じゃないわ。思い出して、授業で習ったでしょ? ヒューマンが術式を展開すれば、ヒューマンの魔力は高まり、生贄の動物は段々透明になっていく。……あれがラッセンよね?」

 横たわるアーサーの枕元に乱暴に置かれたそれを、ポポロは指さした。

「ラッセンは、衰弱はしてるけど透明にはなっていないわ。ヒューマンがこれほど質量を奪われているのに、生贄の魔力が失われていない証明よ。術式には欠陥がある。だから、まだ止められる」

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