第7話 術式は確実に……

 アーサーはむやみやたらに借金を背負い、一つの術式の完成に必要な道具を買い揃えていた。心配性の相棒マーリンに悟られないようにするために、関係ないものまで多く買ったから、アーサーの出費は多大なものになった。

 そのアーサーの背負った、莫大な額の借金の書類の、空欄だったはずの連帯保証人の欄をアーサーは眺める。

「マーリン・ツェルブルク」

 育ちのよさを感じさせる美しい筆記体で綴られた彼女自身のフルネームを、アーサーはただ、眺めることしかできない。

 束縛魔法を課され、彼は自分の部屋から出ることができない。

「マーリン……悪かった」

 さすがのアーサーも、この状況下ではいつものおふざけモードにはなれなかった。マーリンは無言でアーサーのオンボロアパートのキッチンに立つ。その背にははっきりと怒りの文字が浮き出ているようで。

「マーリン、ねえ返事して」

 そういうアーサーは、数日前から食事が喉を通らない。〝生体等価交換〟の禁忌は、彼の場合消化器系から蝕んでいるようだった。

 いかんせん、禁忌魔法は禁忌であったがゆえに、それを行ったさいの人体への影響は十分に解明できていない。大昔、エルフが行った際の記録が残っていないこともないのだが、古代文字であるので解読も進まず、魔境との戦争も続く今に至っては研究すら停止中という有様だ。

 わかっているのは、〝もうその人ではいられなくなること〟。質量を失い致命傷を負うことは明らかであるが、それ以上の何か恐ろしいことが起こりえる重大な禁忌。それを、生贄がなければ魔法一つ使えないヒューマンが、命を懸けて遂行しようとしているのだ。

「マーリン?」

「黙って」

 マーリンの剣幕にアーサーは息を呑む。

「……怒ってる⁈」

「――怒ってなんか、ないわよ」

 依然背中しか見せないマーリンの声は、心なしか上ずっている。顔を見れば泣き面になっているに違いない。心配をかけてしまったかとアーサーは歯噛みした。

「怒っても心配もしてない。私は誇らしいの、私の相棒が、ちゃんと勇者だったことが」

「――え?」

 言ったそばからしゃくりあげているあたり強がりであろう。というか、ただの野菜炒めにしては炒めている時間が長すぎるような気がするのだが果たして。

「マーリン、多分野菜焦げてる」

「わかってるわよっ!!」

 マーリンは大声を張り上げ、黒焦げの野菜を皿に乱暴に盛り付けた。

「アーサー」

 マーリンが勇者の名を呼ぶ。

「なに」

「どうして言ってくれなかったの? 私、言ってくれたら協力したのに」

 焦げた野菜炒めを、一向にテーブルに持ってこようとしないのは、きっといつもの顔を作るのに時間がかかるから。

「あなたが禁忌を犯さなくても魔王を倒せる方法を探したのに」

 マーリンの言葉に、アーサーは悲しげにまつ毛を曇らせた。

「マーリン」

「なによ」


「剣と魔法じゃ、魔王は倒せない」


 アーサーが掴んでいた事実は、王国に根を張る病巣を暗示していた。

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