第4話 派遣先ではベテラン

「アーサー、ちゃんと仕事してんだろうな……」

 まさか保護者として派遣先にお邪魔するわけにもいかず、マーリンは暇を持て余す。一応、魔物退治のクエストなどがない時期はマーリンは魔法労働者として働いているのだが、今日は身が入らない。

 身が入らなくとて、マーリンの魔術の実力は同年代では王国一とも言われている。手を抜いたところでシステム構築などマーリンにはお手のものだ。

 いざ魔境に出向くとなったときに役に立つだろうと、マーリンは魔境境界対空防衛システムの構築と監視を担っている。日々新手の飛翔型モンスターが観測され、そのデータを収集し、新しいシステムを既存のシステムに組み込む作業は、本来三日はかかるのだが、マーリンはそれを一人で数分で済ませてしまう。

「あー今日はあいつのことが気になってなんも身に入らないわー」

 マーリンの気の良さを知っている同僚たちはスルーする術を身に着けているからいいが、初見の人間がこれを聞こうものなら当てつけと感じ激高することは必至だ。


「なんかごめんね、連れてきちゃって」

 マーリンは仕事を終え後続のシフトの人間に担当エリアを引き継ぐと、同じ時刻に上がりの同僚二人とともに例の甘味処に向かった。

「愚痴くらいなんでも聞くよー(マーリンのお陰で仕事量少なくて済むし)」

「私たちでよければいつでも呼んでよねっ(同じ給料もらってることの良心の呵責をせめて晴らさせてくれ)」

 二人はニコニコとマーリンの機嫌を取る。

「とりあえず、このアフターヌーンティーマカロンっていう新商品食べてみたいな」

 連れの二人はいま聞いたマーリンの言葉に顔を合わせる。彼女らの認識では、マーリンが新商品を食べたがるときの悩みは深刻なのだ。

「そうだねっこのマカロンおいしそうだし十個くらい頼みなよっ(甘いもの食べて少しでも気分よくしてっ!!)」

「ついでにマーリンの好きなタピオカミルクティーも頼んだよー(肩の力抜いて、りらーっくす、りらーっくす)」

 やたらキャピキャピした金髪のエルフに、グラマーで露出の多い、どこかマイペースな長く滑らかな黒髪を持つエルフ。ちなみにだが、アーサーの好みは金髪の方である。

「二人ともありがとね!」

 少し明るい顔になったマーリンを見て、二人は顔をほころばした。


「で、今日のお悩みはっ?」

「洗いざらい話しちゃっていいのよー」

 二人に詰め寄られ、ややまぶたを上下させたのち、マーリンは喋り出した。

「いや、洗いざらい話すってほどじゃ……まあ、お察しの通り私のへっぽこ勇者アーサーのことなんだけど」

「「うんうん」」

「なんか、ラッセン買ったらしいのよね」

「「…………」」


「「ええええええええ――――――ッ!!!!」」

 それはもはや悲鳴だった。店内はおろか外にも声は漏れていたようで、通行人までもがショーウインドー越しにこちらを窺うのが見える。

「まじなのっそれまじなのっ」

「それはー、オワコンですねー」

「うん……オワコンだよね……」

 マーリンは肩を落とす。マカロンを口に運ぶ手は止めないままに。

「でもさ、アーサーにも考えがあるかもしれないって思って」

「ないないっあの貴種ラッセンを買うなんてないっ! アーサーもとうとう勇者に浮かれて気が触れたんだよっマーリン目を覚ましてっ」

「ラッセンといえば……魔王軍に国境が脅かされ南方の空が暗雲で満たされる前に高くそびえていたのが王都からも見えたという、ラッセン山に由来している種と聞きますー」

 雪を冠した名峰ラッセンを実際に見たことがある者は、もう数えるほどしかいない。

「うん……そのラッセンを使って、〝生体等価交換〟でもやろうとしてるんじゃないかって」

 今度こそ連れの二人は黙り込んだ。マーリンの憂いの深さを思い知ったからだ。


「よおアーサー久しぶりだな! やっと勇者業も軌道に乗ったかと思えばまた借金かい?」

「モルさんお久しぶりです! ちょっと高い買い物をしまして……」

 食肉加工の業者ともなれば、衛生管理は厳しい。そして同じ肉でも部位や処理の方法がやまほどある。勇者アーサー、そんじょそこらの新人職員よりはよほどこの工場の操業に詳しいのである。

「まあいい。お前が来てくれると百人力だ。ちょうど今日は納品するものが多いんで助かる!」

 魔火で動く様々な機械が音を立てる工場内では、必然的に近距離でも叫ばなくてはならぬ。

「出荷が多いんですか?」

「ああ、羊の塊肉かたまりにくを七千ピニー、豚の袋詰め肉を三千ピニー、他にも色々あるがお前にはこの二つを仕切ってもらいたい」

「あいよ任せな!」

 口調がすっかり板についているアーサーをまじまじと見る女性がいた。

「あの、あなたは派遣の方ですよね」

 職員は青、パートはオレンジ、派遣は茶色の帽子を被るしきたりである。

「それとも、オレンジの帽子が足らなかったとか?」

「ああごめんねアーサー。この子新人のパートなの。リン、この人は派遣の玄人のアーサーさんよ、わからないことあったらまずこの人に聞きなさい」

 頭の上に了解しかねるという疑問符が浮かんでいる女性をほったらかして、慣れた風にアーサーは働きだした。

「何者なの、〝派遣の玄人〟――――」

 二つ名は、派遣の玄人。これはそんな勇者の物語である。

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