第3話 斡旋所の常連ってどうなの?

 ドワーフの職員の女性は名前をウェーブと言った。銀白色の長い髪をひらめかせる彼女は、戦士に高い適性を誇る種族には珍しく、兵役についていない。いや、つけなかったのだ。

 彼女の父も祖父も曽祖父も、母も祖母も曾祖母も、姉も兄も弟もみんな筋肉質な体格で戦場の第一線で活躍した。彼女の両親に至っては、三年前にあった小競り合いで戦線に出たときの上官と部下だったという。

 そんな家系で、ウェーブは虚弱体質だった。しかも、なにが原因なのか、ウェーブの両親はその後子どもを作れなかったのである。

 五人も六人も子どもがいることが当たり前のドワーフにとって子どもが少ないことは〝胤が弱い〟こととされ凶兆であった。しかも家に戦士になれない子供がいるとなれば、彼女の両親は大家族のなかでひどく孤立した。

 家族崩壊の要因を自分にあると悟った彼女は、自ら両親と縁を切り、より下の階級のヒューマンの家の養子となった。

 魔力も力もないヒューマンは兵役につけない忌み子にはふさわしいと、鼻で笑われるように捨て台詞を聞かされたとのこと。そんな話をウェーブから聞いたのも、今や大分昔のことだ。というのも――

「もう何年もここにお世話になってるもんねえ」

「ん、なんか言ったか?」

 つい思考が言葉になってしまったと、マーリンは口を覆う。その言葉に棘があることも自覚してのことだった。――これでも、一応相棒なのだ。必要以上に傷つけることは望ましくないと気を遣ったのだ。それを!

「ふーん。それで、今回はこことここのどちらかにしようと思うんだけど」

 私 の 気 遣 い を ス ル ー し や が っ た !!

「へえ」

「……やけに冷たいね」

 マーリンはため息をついた。

「何でもないよ。それで、どんな案件?」

 気が抜けているようで気が利くようで、パーティを組んでからというものこの男がテンでわからない。ただ、頼りになるかと言われれば、今のところ〝否〟の要素しか見られていない。

「食肉加工に、倉庫での荷詰めかあ」

 相も変わらず、高度な技能の必要ないといわれる案件ばかりである。――高度な案件は、ことごとくうまくいかなかったのだ。大陸で有名な歌手を招いたイベントのスタッフになろうものなら高い壺を割ってしまうし、子どもを教える家庭教師をしようにも、この男、馬鹿ではないのだが教え方が致命的に下手なのだ。

「…………」

「どうしたの?」

 臆面もなくそんなことを聞いてくる。アーサーという男、きっと高名な勇者になれると踏んだのだが。

 いや、ここは信じなければならぬ。私が見込んだヒューマンではないか。きっと大成させてみせる。主席卒業の名にかけて――

 と思ったがやはり、愚痴の一つも言いたくなるのは女の性というところか。

「アーサー?」

「ん?」

「ぶっちゃけ、短期バイトばっかりの勇者って、どうなのさ」

 マーリンとしては、勇者としてのやる気はあるのかと聞いたつもりである。

「確かに短期ばっかりじゃ稼げないよな。長期も探してみる?」

「――お前ってやつは」

 言おうとしたが、やめてしまった。代わりに話題を探す。そういえば、なぜラッセンなどという貴種を買うに至ったのか聞いていない。

「お前ってやつは、なんでもってラッセンなんて買ったんだ」

「……それは……」


 肝心の次の言葉が彼の口から出てこようとしたその時、町中が爆音にさらされた。

「キャッ」

 戦い慣れていないウェーブが悲鳴をあげた。しかし我々勇者のパーティは負けない。この音だとどうせ、ラッパスライムの類いだろう。音は仰々しいが大して強くはない。初等魔法なんて使わなくても仕留められる。勇者の剣で一撃といったところか。

 冷静に戦況を分析するマーリンの耳に、蚊の鳴くような声が届いた。

「こ、こわいよ……」

「ア”ー”サ”ー”!!!」

 やはりこの男を勇者業に引っ張り出したのは間違っていた。マーリンはそう確信したのであった。

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