第2話 ハケンの勇者

 妙に太陽だけは元気な朝、嫌がるアーサーを引きずるようにして、もうすっかり顔見知りとなってしまった某所に向かう。このへっぽこ勇者に、仕事を見つけてやらねばならないからだ。

「おい、いい加減シャキッとしろ。もうすぐ着くんだからな」

 まぶたが重力に負けてしまいそうな生まれたての小鹿みたいな顔の連れを横目で見ながら、マーリンは今朝のドタバタを思い出す。仕事をいただく立場だというのに、この男は斡旋所に普段着で出向こうとしたのだ。

 いや、彼自身は普段着と言い張っているがあれはパジャマだ。空色と薄茶色のしましまなんて子どもっぽいったらありゃしないとマーリンは思う。

 それを無理矢理止め、マーリンは父からの贈り物であるスーツを着せた。なんとこの勇者、フォーマルな服を一着も持ってはいない。

 魔王を退治した勇者には貴族の称号が与えられるとあって、国王にまみえるのを夢見て見習いの段階からローンを組んで燕尾服を買う勇者も多い。ただでさえ貧しい者が多いヒューマンの、ただでさえ安定しない職業である勇者が、本来ローンなど組むべきではないのは馬鹿でもわかる。見習いの勇者の多くはそうやって自滅するか、日雇い労働に身をやつしていくのだ。

 ――ある意味アーサーも、短期バイトを探しにいかなくてはならない以上、そういう世の中を知らないガキンチョと同レベルなのかもしれない。しかし、勇者になる前の彼は金銭感覚のしっかりした、立派な堅気の労働者だったはずなのだ。

 やはり、勇者という職業は人をおかしくしてしまうのだろうか。魔王討伐を生涯の生業とする、と父に告げた際、父が言った言葉が脳内でリフレインした。

『そんなことは許さん! 何のために高い金を払って魔法学校に行かせたと思っている! ならず者のいるような仕事に就くなんて、この父が許さんからな!』

「そのならず者に守られてる癖して」

 つい、思考が口から出てしまった。マーリンは慌てて意識を戻すと、自分が歩いておらず、心配そうに自分をのぞき込む勇者とともに同じく顔見知りの甘味処に座っているのを認識した。

「――大丈夫?」

「え、あ……うん」

 目の前にはマーリンの大好きなマカロンと、アイスカフェオレが置かれている。

「斡旋所には面接遅れるって連絡しといたから。――食べよっか」

 そういうところだけ、妙に気が利くのだ、この勇者は。――しかし。

「でもこれ代金払うの私なんだけど」

「え?」

「あんたどうせ借金苦なんでしょう? 現金なんて持ってないよね?」

「あ、うん」

 勇者は苦笑して、言った。

「つけにしといて。あとで返すから」

「むぅ……」

 マーリンは返す言葉に困ってしまう。アーサーは人の金で飯を食ってるわけではない。食べよう食べようと言っておいて、自分はセルフサービス、しかも代金は無料のお茶しか目の前に置いてはいない。初めから、マーリンを慰めるためだけにこの甘味処に寄ったのは明らかなのである。

 モクモクとマカロンを口に運ぶ。ここのマカロンは、素朴な味ながらもとても美味しい。マーリンの行きつけの店なのである。

 相棒の行きつけを知っている上に、機嫌が優れないのを察してそこに連れていってくれ、斡旋所への連絡もつけてくれた恩を以てして、今回の代金は自分持ちにする。あと頭おかしいとか遠回しに思ってすまん。マーリンはそう思いながら、アイスカフェオレを喉に流し込んだ。


「ありがとうございました! またのご来店をお待ちしてます!」

「また来ますね!!!! 明日にでも!!!!!」

 出てきたばかりの甘味処の、可愛いスタッフにずっと手を振っている相棒に、マーリンはやはり頭はちょっと変だと考えを改める。明日は一緒には来てやらないからな!

「ほら行くぞ」

 半ば強引に、アーサーを引っ張っていく。ここから斡旋所までは、私有地を横切ってしまえばすぐである。本当はダメなのだが、マーリンの父の経営する工場なので大目に見られているのだ。

「何だかんだで、父の庇護下にはあるんだよなあ」

 言いながら、斡旋所に着いた。ここでは住所や氏名、連絡先を伝えておけば、時間に余裕があるときに仕事を紹介してくれる。魔物討伐のクエストなどは不定期の仕事であって多くの勇者はお金に困ったときは短期バイトに頼るのだ。

「あ、いらっしゃい」

 斡旋所の所長の、ドワーフのお姉さんがアーサーとマーリンに気づき、会釈した。

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