勇者は金欠がお好き

春瀬由衣

第1章 単発バイトに明け暮れろ!

第1話 家賃が払えない?

 魔術師マーリンには、相棒がいる。

 魔術師の家系のサラブレッドであり魔術学校主席卒業者でもある生粋のエリートが、これぞと見出した相棒が。

 その相棒が、いま、マーリンの部屋の玄関の前で、捨てられた犬のような顔をして突っ立っていた。

「……」

 理由は聞くまでもない。ここは相棒なのだから手を差し伸べるべきなのだろう。それも、嫌がるこいつに無理言って勇者業に引き抜いた借りもある。そもそもいまは夜更けであり、ここで長話するのも迷惑だろう。

 ――わかってはいた。わかっては、いたのだが。

「またか」

 つい、声が冷ややかになってしまった。

「……」

 うなだれれる相棒。そう、このオンボロの服を着こみ、刃こぼれした剣を力なく持ち、叱られた犬のように突っ立っているこいつが、私の相棒なのだ。

「今度はなにをした」

「ネズミを……」

「おう」

「可愛いネズミを買って」

 話が見えない。苛立ちが募る。ネズミがなんの関係があるというのだ。

「その種類が、ラッセンで」

「………………はあ?」

 やっと話が飲み込めた。


 とりあえず相棒を家に招き入れ、魔火を使ってスクランブルエッグを作る。昨日仕入れておいた自分の朝食用のソーセージを何本か出し、それを熱した鉄板の上でころころと転がす。

 案の定、招き入れた途端に彼は倒れ込んだ。ろくに飯も食べていないのだろう。

 それもそうだ。ラッセンなどという貴種を買おうと思ったら、標準的な魔法労働者の五十年分の給料が一度に吹っ飛ぶのだ。魔法でシステムと構築したらあとは監視とエラー対応だけが仕事になることが多い魔法労働は比較的ホワイトカラーの職種と分類されているが、その魔法労働者でも買おうとはしない。躊躇なく買えるとすれば、国王と有力貴族くらいのものだろう。

 魔法の使えないヒューマンであるはずの相棒が、一括で買おうとしたとは思えない。そもそも、一括で買えていればこんなことにはならなかったはずなのだが。

 水道も魔火も止められ、にっちもさっちもいかなくなり、貸金業者から催促を受け、というのが大まかな筋だろう。

 魔術師にはエルフしかなることができない。そして、そのエルフはヒューマンより高位にあるとされている。それは、工業化が進み集合住宅が沢山建てられたこの国で、実際の火を使うと延焼の危険性があるため、延焼の危険のない魔火を作ることができるエルフを国王が優遇したことに始まる。

 エルフとその知己を害した者は通常より重い罰を受ける。マーリンの側にいれば、勇者は無事なのだ。

「起きろ、アーサー」

「む……」

 いい香りにつられて起き上がった彼は、たちまち顔をほころばせた。

「どうだ、旨そうだろう」

「ああ、さすがは我が嫁!」

 嫁になった覚えはないのだが、この能天気には何を言っても聞くまい。そもそも、なぜラッセンなどというネズミのなかでも貴種中の貴種を買おうと思ったのだろうか。

「うんめえ、」

 心底旨そうに自分の作った料理を食べる相棒を見て、マーリンは怒る気がたちまちのうちに削がれていくのを感じていた。

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