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黒い『ペンギン』のライダーは毎週同じ日、同じ時間にバーンを走っていたらしく、そこに合流するのは簡単だった。いつも、同じルートを、同じ曜日に、同じ時間に走っていればいいのだ。夜の闇の奥どこかから前触れなしに黒い影がぬっと姿を現したなら、それが『ペンギン』だった。
おれとそのライダーは、とくに誰と走るでもなく、前のおれのようにチームを組むでもなしに、ただ二人で並走していた。大方赤と黒のバイクが二台並んで走っていたが、それが何か徒党を組んでいるという意識にまで発展しなかったのだ。結局それは最後まで変わらなかったように思う。
爆発的なエンジン音と、ぴったりくっついた機体の振動に身を委ねている間、ごく近い距離をへだてて、いっそう低く重い音が聞こえてきていた。
ライダーはいつも酒を飲んでいた。サワーやハイボールの缶をしのばせてはSAに着くなり一本、二本あける。当然来る前にも飲んでいる。三本、四本飲む。それでも、特にこれといって酔った様子はない。そうして飲み干して、握りつぶした缶を駐車場脇のごみ箱に捨てに行くときも、足取りは軽かった。だから大丈夫か? 一つ心残りがあるとしたら、どうしておれはこの飲酒癖について結局一度も小言を言うことができなかったのかということで、これについて考えるたびにひどく薄暗い心持ちが歩道の植えこみの陰からしのびよってくる。
「飲まないの? チューハイ舐めるくらいで酔うわけないって、平気平気」
「いや、酒、厳禁なんで」
「普段は飲まないの?」
「少しは」
「ビールは?」
「ラガーは」
「ラガー好きなの?」
「ちょっと」
「それはどういうちょっと? ちょっとは飲めるのちょっと? ちょっと飲めないですねのちょっと? 駄目?」
「飲めない方。口の中が気分悪くなる」
マサキとそのグループともいっそうつるまなくなった。SAで休憩中にユカ――マサキとくっついた女――から一度電話が来たこともあったが、出なかった。
「でなくていいの?」
とライダーは、これもまたしつこく聞いてきた。でも別に構わなかったと思った。
チームへの愛着、のようなものが崩れていた。夜のバーンで一人、ぶるぶると激しく震えながら、赤いバイクの100km/hを超える馬力に推されて、照明が残像を長く伸ばして、ひたすら走っていると、何もかもから切り離されたように感じる。
黒い車体に体を沈めていると、ライダーはもうマシンと一体になったように、夜の闇の中で輪郭がわからなくなった。光がまっすぐに当たれば反射でどこまでが金属でどこからが革かがよくわかる、スーツは革製で、長い間手入れされているので、所々がざらざらした革の質感をとどめて光る。しかし、それがなければ――
海岸近くのSAで日本酒をあけたライダーを尻目にレッドブルを飲んで地元まで帰ると、着いた頃にはもう明け方になっていて、カップ麺を買いに入ったコンビニを出るとユカがいた。
「ケイ」
目を合わせてしまったのが悪かった。おれがそらしてもユカはそのままで、
「なに?」
「なにって、最近全然見ないから。元気してる?」
元気も何もない、と言えなくもなかったが、その日はそう機嫌が悪いでもなかった。
「悪くない」
ユカは「そう」と言って煙草に火を点けた。喫っている間に三分経った。啜りながらユカのいる方を見ると、バイクが三台あった。だから一人でいるはずもなかったが、けれど、聞いてみた。
「なに、一人なの?」
「ううん」首を横に振って、「マサキが、いるけど、金おろしに行ってる」
月曜の未明で、コンビニのATMは稼働していなかったから、わざわざ歩いておろしに行っているらしい。
「リョウも一緒に行ってる」
「じゃあおまえ、見張り番か」
首を縦に振る。振ったきり何もなかった。コンビニの前を時折トラックやミニバンが通っていく。向かって左手には低い山があって、周りは暗く、駐車場の灯りの白い光だけが目立って、近くにあるその光の切れた先は何かあっても見えないほど暗い。所々に灯りがあってそれに照らされた葉だけが緑に反射している。奥まってみえる周りの木の、大半の葉は、色もほとんどなくなって、風のいきおいにしたがってざわざわとふるえていた。
右手に小高い建物の影が、黒い空をバックにぼんやり浮かび上がっている。マサキたちが向かったのはその右手の町並みで、しばらくしておれがカップ麺を食べ終わっても二人が帰ってくる気配はなかった。
「なんも用ないのに話しかけてきたの?」
ユカはジャケットの襟元に首をちぢめて、すぐには答えず、新しく火を点けた薄い煙草を一本すぱすぱやってから、
「マサキがさー」
と奴の最近のやることなすことの愚痴をつらつら話しだした。おれは黙ってそれを聞いていた。なんでも奴はなにかと自分一人で決めがちで、しかもその決めたことがそれほど面白いわけでもなく、付き合わされる側はそれでも愛想よくしていないといけないから、ただただ疲れるだけでうんざりするとのことだ。
もうおれには関係あることでもないときめこむことができたし、そんな気持ちで聞き流していたと思う。
そうこうするうちにスープも飲み終わったからおれはマサキたちと鉢合わせする前にその場を出ることにしたけれど、そのときユカは自販機で買ったココアを飲んでいるところだった。
鉢合わせは嫌だったが、右手に行かなければ家に帰れないから、仕方なくそちらに行くと、それらしい二人組の影とすれちがった。多分そいつらだろう。
ライダーは結局いつも体に酒を入れて運転しているようだった。
「ケイくんは彼女とかいないの?」
「いたけど今はいない」
にやついて喋る息が酒臭い。肌にかかってべとつく熱さを感じた。
「作りなよ」
少し腹が立った。そう言うおまえはどうなんだ、と言おうとして、ライダーの名前をそれまで聞いていなかったことに気付く。顔を上げたきり、何も言えずに、不自然に間が生まれる。
「わたしはどうかって?」
「そう」それでようやく喉が通るようになった。「そういうそっちは」
「いないよ」
しかしそれでどうということもなかった。おれはべつにそれを訊いてどうこうしようという考えがあるわけではなくて、ただ「売り言葉に買い言葉」式に質問を投げてやったにすぎないのだから。ライダーはにこにこ笑ったまま――そう、あの酔った人間の意地汚いあの笑顔だ――こっちを見る。覗き込む。いやになっておれは目を逸らしてそっぽを向く。
「かわいい」
ライダーはにこにこ笑っている。たまらなくいやだった。身の置きどころがない、という感じだった。見られるのやかわいいと言われるのがいやというのではない、見る視線が酒臭くべたべたしながらほおや鼻の頭をなでるように感じて、おれは赤いバイクに乗り込んだ。
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