年表作成②
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越後、春日山城
「朝倉はともかく、ああも簡単に浅井が滅びるとは思わなかったな。私の読みが甘かったという事か……」
上杉謙信はそう言って溜め息をついた。それを聞いて正面に座っていた人物が取り成すように声を出す。
「仕方がないですよ、父上。こちらもこちらで色々と忙しかったのですから。」
「いや、しかし……再三に渡る朝倉からの援軍要請を断ったせいで信長に近江と越前を持っていかれてしまった。」
珍しく落ち込んだ様子の謙信を、息子の景勝が心配そうに見ていた。
浅井の居城・小谷城を挟んで織田と睨み合いをしていた朝倉から何度となく援軍の要請がきていたにも関わらず、謙信はそれを断り続けた。それはただ単に見捨てたという訳ではなく、越後国内で起きていた内紛を収めたり北条氏との戦いで忙しかった為なのだが、それでも何か出来なかったのではないかと謙信は自分を責めているのだった。
「謙信様!大変でございます!!」
その時、家来の一人が部屋に駆け込んできた。一体どうしたのかと謙信は景勝と顔を見合わせた。
「信玄が……武田信玄が、死んだという情報が入りました!」
「なにっ!?」
思わず立ち上がる。その家来は続けた。
「徳川と一緒に織田を攻める道中で病によって息を引き取ったと。」
「確かな情報なのか?」
「それは……真偽の程は定かではないですが、街中で噂になっていまして。武田に送っていた密偵からもまだ何も聞いていないので、確かな情報だとは言いかねません……」
「そうか……」
途端に歯切れが悪くなる家来に一言そう答えると、謙信はゆっくり座った。そしてこう言い放った。
「信玄が死んだという場所を探し出せ。そして何でもいいからそこにある物を持ってきなさい。」
―――
京都御所
その頃京都でも武田信玄が死んだという情報が飛び交っていた。誰もが突然の事に驚き、最初は病で死んだという事で広まっていた噂話がいつの間にか織田信長による暗殺だという話にまでなっていった。
そしてその話は否応なく将軍・義昭の耳にも入っていた。
「信玄が死んだとなると、信長包囲網はもう意味を為さなくなってしまった。堺や伊勢はもはや織田の配下であるし、ここはいよいよ私の出番か……」
義昭は一人呟く。そこへ従者がやってきて、膝まづいた。
「申し上げます。上杉殿が来られました。」
「通して下さい。」
「畏まりました。」
音もなく従者が立ち去ると、しばらくして謙信が姿を現した。
「失礼致します。」
「どうぞ。お入り下さい。」
謙信は促されるまま部屋に入ってきて、義昭の前に座った。
「武田信玄が死んだというのは事実でしょうか。信長に暗殺されたという話も出回っているようですが。」
義昭がそう切り出すと、謙信は苦虫を噛み潰したような顔になって言った。
「私の力である『残留思念の分析』で信玄が最期を遂げた場所にあった石を視たところ、事実でございました。どうやら信玄は少し前から体調が悪く、この度の出陣も無理をして参加していたようでした。視る限りどのような病なのかまではわかりませんでしたが、痩せ細って以前の健康的で精力的であった姿が見る影もありませんでした。私はこの事実を知った今でも信じられない気持ちで一杯です。あの武田信玄が……このような事になるとは。」
「それでは信長による暗殺ではないという事ですか?」
「それが……」
「どうしました?」
言い淀む謙信に怪訝な顔を向ける義昭。しばらく迷っていたようだったが、謙信は意を決したように顔を上げた。
「武田に送っていた密偵からの話だと、信長が信玄に味噌を贈った事があったようなのです。その少し後からでした。信玄の体が段々痩せていって、体力が落ちたのは。まさかとは思いますが、その味噌に毒か何かが混入していたのではないかと……」
「まさか!いくら信長でもそこまで卑怯な真似は……」
そこまで言って義昭が黙る。今の信長ならやりかねないと思ったのだろう。二人の間に沈黙が訪れた。
「今の話を聞いて決意しました。私は織田と縁を切り、打倒信長を掲げて挙兵します。上杉殿、ご協力願えますか?」
義昭が静かな声で言う。それに対して謙信は少し迷ったように俯いたが、すぐに顔を上げて頷いた。
「もちろんです。これ以上信長の好きにはさせません。」
「良かった。やはり私だけでは不安だったので。しかし越後も大変そうなので、取り敢えず今は様子を見ましょう。今のところ明智殿も謀反の動きを見せていませんしね。」
「兵力の方は大丈夫でしょうか。」
「心配いりません。」
義昭はそう言って微笑んだ。謙信はじっと義昭を見つめていたが、やがて一度頷くと立ち上がった。
「それでは私は国内の問題を早急に片づけて信長を討つ為に尽力します。また何かあったら遠慮なく呼びつけて下さい。」
「わかりました。」
義昭の返事を聞くと、一礼して謙信は部屋を出て行った。
「さて、忙しくなりますね。」
義昭は一人になった部屋でポツリと呟いた。
―――
・永禄7年(1564年)、第13代将軍・足利義輝が三好三人衆に暗殺される。
・同年、美濃の斎藤龍興の居城の稲葉山城を攻め、斎藤氏を滅ぼす。稲葉山城を岐阜城と改名、そこを居城とする。
・永禄9年(1566年)3月、足利義昭を奉じて上洛。義昭を第14代将軍にさせる事に成功。
・永禄9年(1566年)5月、将軍の仮御所である本圀寺で三好軍と対決、壊滅させた。その後半年かけて三好一族及び、三好に加担した関係者全員を討ち取った。
・二条に御所を作り、光秀さんに将軍警護・監視役を任せる。そして義昭に殿中御掟9ヵ条を出す。
・永禄10年(1567年)、堺の商人達、及び和泉国と摂津国を支配下に置いた。
・永禄10年(1567年)8月、伊勢の北畠家に次男の三介(のちの信雄)を、神戸家に三男の三七郎(のちの信孝)をそれぞれ養子に出し、伊勢も配下に置いた。
・永禄10年(1567年)11月、朝倉の居城の天筒山城での戦い、そして金ヶ崎城の戦いが始まる。ここで浅井長政の裏切りを市さんから知らされ、岐阜に逃げる最中に蘭が怪我をして忍者の猿飛仁助に助けられる。天筒山城は勝家さんが、金ヶ崎城は家康さんがそれぞれ落城させた。
・可成さんがえいさんと結婚。宇佐山城の城主となる。
・永禄11年(1568年)2月、姉川の戦いが勃発。織田軍が勝利した。しかし浅井の別動隊と延暦寺の僧兵らが坂本に進軍、迎え撃った可成さん達数名が討死した。
・永禄11年(1568年)8月、光秀さんと秀吉さん、そして蘭が比叡山へと出陣。そこにいた延暦寺の僧達全員を打ち首、火を放った。
・きーちゃん……じゃなくて信忠が宇佐山城の新しい城主となり、私も可成さんの子どもの乳母として宇佐山城へ移った。
・利家さんが自殺未遂をするが、蘭が説得して思い留まる。
・蘭が武田信玄に毒入りの味噌を贈る。
・永禄11年(1568年)11月、織田軍は近江へ向け出発。これが信忠の初陣となる。浅井は小谷城に籠城、朝倉軍と睨み合いを続けるが雨の中の急襲により朝倉方は敗走。一乗谷城に逃げたが、自ら火を放って滅亡した。そして小谷城も炎上。市さんは子どもと一緒に勝家さんが連れ出してくれて、無事に帰ってきた。
・その間、光秀さんに将軍を暗殺するよう命じたが、光秀さんはそれを無視して未遂に終わる。
・市さんとイチが再び『共鳴』する事が出来て、もう一度未来と繋がる事が出来た。私はタイムマシンがある岐阜城へ一旦戻り、市さんの協力の元、タイムマシン作りを再開する。市さんの子どもの茶々ちゃんが『瞬間記憶』という力を持つ事を知った。
・信忠が初めて義兄弟である信雄・信孝と会う。
・永禄12年(1569年)1月、武田信玄が死去。
―――
「こんなもんか。疲れた~……」
「お疲れ。それにしてもこうして並べると色々あったなって思うな。」
「そうだね。たったの5年の間なのにね。」
そう言うと蝶子は着物の裾が捲れるのも気にせずに畳に寝転ぶ。蘭は慌てて目を逸らした。そして改めて、今書いた年表に目をやる。可成の討死のところは流石に直視できなかったが、最後の信玄のところは複雑な思いでじっと見つめた。
「信玄の死……俺のせいなんだよな。」
「何よ、今更。後悔してんの?」
「いや。後悔はしてないけど、やっぱり後味は悪いなって思ってさ。でもこれで信長包囲網は壊れたも同然。後は義昭と謙信がどう動くかって事だな。」
そう言うと蘭も蝶子の隣に寝転んだ。
「まぁ、近い内に光秀さんか勝家さんから連絡が来るでしょ。それまではこっちも動きようがないし。」
「だな。」
蘭はちらっと蝶子を見た後、天井に視線を移した。
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