包囲網を突破せよ
出兵の理由
―――
小谷城
「何っ!?信長がこちらに進軍しているだと?」
「は、はい……しかもすぐそこまで来ていると……」
「くっ……仕方がない。籠城するしかないな。義景殿に援軍を頼もう。」
浅井長政はそう言って目を瞑った。
「では至急、朝倉殿に文を出します。」
「あぁ、頼む。」
「はい。失礼します。」
家来が部屋を出ていく。それを見届けた長政は深い息を吐いた。
「まったく……義昭様の警護の為に兵を整えている大事な時に……はっ!まさか信長はこの事を知ってて?いや、まさか……」
しばらく顎に手を当てて考え込んでいた長政だったが、ふと我に返ると頭を振った。
「さて、籠城の準備をするか。」
―――
織田軍、本陣
「信長様。やはり長政は籠城する模様です。」
「まぁ、そうだろうな。逃げる暇はなかったのだから。」
勝家の報告に、信長は口の端を上げてにやりと笑った。
信長は岐阜城を夜に出発し、暗い内に近江まで近づいた。最初は目立たないように静かに進んでいたが、夜が明けると今度は堂々と進軍。
それに浅井が気づいた時には既に逃げられない状況だった、という訳だった。
「籠城させる事で京都に行くはずだった兵を足止めする。そして援軍で駆けつけた朝倉をもここで打ち取ろうという事ですね?父上。」
信忠がキラキラした目でそう言うと、信長は苦笑しながら頷いた。
「あぁ、そうだ。今回の出兵の目的は浅井と朝倉の足止めだ。今こいつらに京に行かれては困るからな。もちろん上杉も。」
「謙信は出てくるんでしょうか?」
「いや、あいつは出てこないだろう。浅井の援軍は朝倉で十分。そう思ってるはずさ。」
蘭の疑問を軽く流すと、信長は立ち上がって小谷城の方を見つめた。
織田軍は小谷城の裏にある山に砦を作り、陣を張っていた。目の前の小谷城は気持ち悪い程静かで、これから戦が起こるなどとは蘭には到底思えなかった。
「あの~……聞いてもいいですか?」
「何だ。」
「信玄はあの味噌食べてるんですかね?」
「ん?」
「あ、いえ……食べてる訳ないですよね。思い通りにはさせないって言ってたし……」
信長の鋭い目に蘭は慌てて手を振る。それを見た信長はふんと鼻で笑うと言った。
「大丈夫だ。毎日食べてるらしい。」
「……へっ?ま、毎日?」
「あれは味噌と毒で8対2の割合で調合されている。一度や二度食べたくらいで死にやしない。何日かは小性らに毒味させて試していたそうだが、大丈夫だとわかってからは機嫌良く食べてるとさ。しかし食べれば食べるだけ毒が体に蓄積して、ある日突然ポックリ……という訳だ。甲斐の虎も案外容易いな。」
「そ、そうですか……」
(毎日って……この分だとテキストに載ってるのよりも大分早く……)
蘭は昨日読んだテキストに書いてあった信玄の年表を思い出す。そこには信玄が死去したのは元亀4年(1573年)とあった。しかし今は永禄11年(1568年)。
(このままいったら本能寺の変も早まるかも知れない……)
ふと蘭が不安になった時だった。砦の中が慌ただしくなった。
「どうした!」
「朝倉が来ました!小谷城を挟んだ向こうの山に布陣したようです!」
勝家の大声に反応して全員がそちらの方を向く。遠目で分かりにくかったが、ちらちらと人影のようなものは見えた。
「よし来たな。……サル。」
「はい。何でしょう。」
蘭と信長の間に秀吉が現れる。
「光秀に伝えろ。将軍の首を取れと。」
「……え?」
「承知致しました。今から行ってきます。」
「あぁ。」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!首を取れってどういう事ですか?」
信長の言葉に驚いた蘭は思わず信長にすがりつく。信忠も近くにいた勝家も、表情を凍らせていた。
「いいか。俺が将軍を守っていたのは命を狙われていたからだ。」
「それは、わかってます。でも何故……」
「状況が変わったからだ。今や俺があちこちから狙われている。そして守っていたはずの将軍は俺を裏切った。つまり信長包囲網に参加した訳だ。裏切る者は誰であろうと容赦はしない。例え将軍でもな。」
「…………っ!」
その場の空気が張りつめる。誰もが信長の鋭くて冷たい瞳に怯えていた。
「大人しく将軍の座に収まっておけば良いものを、余計な事をするからだ。まぁ、俺が将軍を手元に置いていた本当の理由は他でもない。俺が止めを刺す為だがな。」
不敵に笑う信長を見て、蘭は背中に汗がつたうのを感じていた。
(あ、あれ?秀吉さんは……)
はっと我に返った蘭はいつの間にかいなくなっていた秀吉の姿を探す。だが既に出発した後だった。
「光秀さん……大丈夫かな。」
何年も警護していた相手に反旗を翻さないといけなくなった光秀の事を思うと、心配で堪らない蘭だった。
―――
京都
光秀は秀吉の顔をしばらく睨んでいたが、ようやく目を逸らすと溜め息を吐いた。
「わかりました。明日、御所を襲撃します。」
「くれぐれもよろしく頼む。」
「大丈夫ですよ。御所の中の事は私が一番良く知っているのですから。」
そう言って光秀が薄く笑うと、秀吉は真顔で頭を下げた。
「それでは私はこれで。」
「木下殿。」
「まだ何か?」
「……いえ、何でもありません。気をつけてお帰り下さい。」
軽くお辞儀をした光秀は身軽な動作で外に出ていく秀吉をじっと見つめる。その姿が見えなくなっても同じ姿勢のまま、まるで石になってしまったかのように動かなかった。
―――
永禄11年(1568年)11月、織田軍は小谷城を包囲。浅井の援軍に駆けつけた朝倉軍と睨み合いを始めた。
ちょうどその頃、京都の二条城では警護役の明智光秀率いる明智軍が、将軍の命を狙っていた。
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