本気の説得


―――


 奇妙丸改め信忠と蝶子が宇佐山城へ行った日から数日後。蘭はある場所に来ていた。


「ここが利家君の住んでる所か……」

 蘭は目の前の家を眺めながらぽつりと呟く。そして意を決すると中に入った。


 何故蘭が利家の所に来たのかというと、実は昨日信長からこんな話を聞かされたからだった。



―――


「えっ!?利家君が自害しようとしたんですか……?」

「あぁ。幸い奴の従者に見つかって未遂で済んだがな。」

 信長が溜め息をつく。蘭は余りの事に茫然となった。


「でもどうして……」

「理由については何も言わないらしいが、多分可成の事が原因だろうな。」

「……そっか。利家君、あんなに父上の事尊敬して慕っていたんだもんな。亡くなった事がショックで……」

「可成の弔い合戦であった延暦寺の件では、誰よりも多くの首を取ったと聞いた。可成の為に力を尽くしてくれたのだろう。だがあの日以降あいつはすっかり気を落としてしまったらしくて、ろくに飯も食わんしあれだけ熱心だった稽古もやってないそうだ。そしてついに昨夜、思い余って……」

「自害を……」

 利家が自分の腹に刀を突き刺すところを思わず想像して、蘭は慌てて目を瞑った。


「またやるかも知れんから今は奴の家に数人の見張りを置いている。だがこのままでは精神が可笑しくなるのが先か餓死するのが先か。どのみち早く何とかしないと俺は優秀な家臣を一人失う事になる。」

 そう言って信長は蘭に目を向けた。蘭は無言で頷く。


 確かに前田利家は織田信長の有力家臣として活躍する。信長の死後も豊臣秀吉の下で数々の武功を挙げると蘭のテキストに載っていた。そして後に加賀国を治め、天下統一を果たした秀吉から大老の一人に選ばれたという重要な人物である。


 以前信長は利家を処罰しかけたが、蘭の助言でそれを反故にした。今後利家は必ず織田家にとって役立つだろうという事でこれまで仕えさせてきたのだ。それを自害させてしまっては助けた意味がないし、信長が言った通り有力家臣を一人失う事になる。

 だが可成の死で生きる気力を失ってしまっている今の利家をどうやったら救ってあげられるのか。


 信長は熟考した結果、ある結論に至った。



「そこでだ、蘭丸。お前が行って説得してくれないか。」

「え!俺がですか?」

「あぁ。お前が一番あいつの気持ちをわかってやれるのではないか?」

「利家君の、気持ち……」

 蘭はそう呟いて俯く。しばらくそうしていたがぱっと顔を上げた。


「わかりました。俺、行ってきます!」

 信長は何も言わずに僅かに微笑んだ。



―――


「利家君?入るよ。」

 蘭はそう声をかけると襖を開けた。そして絶句する。そこには変わり果てた利家の姿があったからだ。

 もう何日も食べてないからすっかり痩せ細って、あんなに輝いていた瞳は空虚しか映していないかのようだった。両手はだらんと床に投げ出されていて、生きているのか死んでいるのかわからない程だった。


「……何の用?死ぬなって言いに来たのなら帰ってくれない?僕はこのままあの人のところに……」

「馬鹿じゃないの?」

「……え?」

「君のこんな姿見て父上が喜ぶとでも思ってるの?きっと凄く怒って、追い返されちゃうよ。」

「蘭丸……」

 キッと睨みつけると、利家は一瞬固まった後に小さく笑った。


「あはは。そうだね。きっと……いや絶対に怒られるな。」

 利家は力を振り絞って壁に凭れかけていた体を起こす。そして蘭に部屋に入ってくるように促した。

「入れば?」

「お邪魔しまーす。」

「死ぬのは止めるけどもうここにはいられないな。戦う気力も何もかも失った今の僕では、信長様の力にはなりそうもない。早く見捨ててくれるかいっその事殺してくれた方がいい。」

「信長様は君の事を頼りにしてるんだ!父上譲りのその強さを……だからそんな風に言わないで元の元気な利家君に戻ってよ!」

「……君に何がわかる?」

「え……?」

「僕にとって可成さんは本当の父親のような存在だった。その大事な人を突然奪われた悲しみはお前なんかにはわからなっ……!」

「わかるよ!」

「っ……」

 蘭の大声に利家はビクッと体を震わせた。


「俺にとっても可成さんは父親のような存在だった。この十年、設定上とはいえ親子として過ごしてきたんだ。当たり前だろ。俺だって……俺だってあの人の死は悲しいし悔しい!出来る事なら仇を討ちたかった……!でも信長様が俺の手を汚したくないって言うから我慢したんだ。それにきっと可成さんもそう思ってるはずだって思ったから。だから俺は前を向く。可成さんが信長様と一緒に見たかった景色を俺が代わりに見るって決めたんだ。利家君も前に進もう?そして一緒に見ようよ。信長様の天下統一の先の景色を。きっと素晴らしい世界だよ。」

「……蘭丸。」

「俺達は友達だろ?だったら友達の言う事聞いとけよ。な?」

 そう言って笑いかけると、呆気に取られて半開きになっていた口をきゅっと結んでこう言った。


「君には負けたよ。可成さんの技術を受け継ぐ者は僕一人だけなのに、今の今まで忘れていた。お陰で目が覚めたよ。ありがとう。」

「良かった。これからも一緒に頑張ろう!」

「あぁ。ところで明日から稽古に付き合ってくれる?最近動いてないから調子が戻るまで時間かかるかも知れないけれど。」

「え……利家君の稽古?」

 蘭はいつかちらっと見た利家の稽古の様子を思い出して青ざめた。


「一緒に頑張るんでしょ?」

「えー!俺には無理だってーーーー!!」


 蘭の絶叫が辺りに響いた。



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