契約
正直私はどうでもよかった。もう一度ここからホームに飛び込んでしまってもいい。でも、こんな私のためにあの人の命が失われたなんて。それだけは許し難い屈辱だった。それが解決するなら悪魔に魂を売ってもいい、そう思った。
「だから、悪魔じゃねーって、死神だって」
「何をすればいいわけ」
ったく、人使い、じゃなかった、神使いが荒いな、と男は呟いている。
「俺は何もしない、ただ時を戻すだけだ。あとはお前が自分でなんとかしろ」
「そんなことが簡単にできるの?」
男は唾を吐いた。
「ばーか、簡単なはずないだろ。契約しろ、それなりの代償はもらうからな」
男はA4サイズの紙を私の前に突き出した。
「お前の命をもらう、お前が飛び込まなくても、翌日か翌々日くらいにはお前は死ぬ、そうなるように運命を変えさせてもらう。お前の命を俺が奪うってわけだ」
A4サイズの紙に何か書かれていたが、少なくとも私の知っている言語ではなかったので、全く読めなかった。
突然吹き抜けた風に思わず首をすくめた。
「いいよ。どうせ死ぬつもりだったから。私のために死んでいったあの人が助かるなら」
男は一つためいきをついた。
「ったく、最近の若者は簡単に命を捨てやがる」
男は立ち上がると、私の前に立ちはだかった。そして人差し指を私の額に当てた。
「まあおかげでこっちは商売繁盛ってとこだけどな」
男は目を閉じた。
「もう一度聞くぞ、本当にいいんだな? 時間を戻せても別の理由ですぐ死ぬんだぞ」
私はゆっくり頷いた。
すると私の額に突きつけられた男の指先が光り始めた。そのまま私の頭の中はまるで高速で空間を通過しているような感覚に陥った。
その途中、かすかに男の声が聞こえた。それは夢なのか、過去なのか、それすらもわからない世界のできごとだった。
——忘れてた。契約書に書いてあるから仕方なく説明するけど、今お前のいる世界はWorld 1だ。元の世界がWorld 0。つまり今、お前は他の誰かが何らかの介入をした後の世界にいる。これでお前が何かさらに介入すれば、世界はWorld 2になるだろう。質問は受け付けない、そもそもする暇なんてないか——
言葉を聞き終える前に、私の意識は遥か遠くまですでに飛ばされていた。
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