捨てられなかった命と捨てたくなかった命
井田線のホーム。薄汚れたベンチに座っていると、まるで自分が世界から切り離された気持ちになる。目の前でさっきから何回も鉄の塊が入ったり出たりしているのに、私は何も変わらない。みんながみんな、自分のことだけを考えて師走の空の下、歩き去る。
私は一人、滑り込む電車たちをぼんやりと眺めていた。
あの日、私は終わらせようとした。ここから飛び込めば、きっと新しい世界につながっているんじゃないかと信じて。
何もかもが嫌になって、それでも逃げ場もなくなって、どうしたらいいかわからなかった私はここではないどこかに願いを託した。
鉄の塊が入り込むタイミングに合わせ、目を閉じる。無重力に身を任せ、線路へ吸い込まれていく。
次に来るはずの衝撃はなく、目の前には一人、私の代わりに男性が吸い込まれた。けたたましい警笛とともに、私と私たちの前に悲劇が訪れた。電車は止まり、ホームは救急車のサイレンや悲鳴で包まれた。
翌日のニュースで知った。私を助けて死んだのは隣の市の男子高校生、名前は伊勢崎
でも私は彼を知っていた。
1年前、何度も遭っていた痴漢の被害からいつもさりげなく私を守ってくれた人だ。感謝を伝える機会もないまま、いつの間にか彼と一緒の電車になることもなくなった。
家にあった新聞に載っていた亡くなった彼の顔を見て私は確信した。
——間違いない、あの人だ——
私が死ぬはずだったのに、なんで……。私は死ねなかったどころか、罪もない人を、しかも自分の恩人を死に追いやってしまった。悔やんでも悔やみきれない私の心はもみくちゃにされたティッシュのようだった。
「で、どうにかしたいと思ってるわけだ。そう簡単にはいかねえよ」
突然、隣のベンチから声が聞こえた。
声の主にちらっと目をやると、黒いスーツを身に纏い、武将髭を生やしている男が座っていた。敷地内禁煙のホームで堂々とふかしていたタバコを捨て、足で踏み潰した。関わらないほうがいい、そう思った私が咄嗟に腰をあげようとすると、
「逃げても無駄だぜ。なんで自分の考えが筒抜けなのかって思わないのか?」
男は鋭い目つきで口元をニヤリとさせた。
「どういうことですか?」
「どういうもなんも、なんとかしたいんだろ? 助けたいんじゃねーのかよ、あの男」
私は答えなかった。拳を固め、ただただじっと歯を食いしばっていた。こんな知らない人に弱みを見せたくない、そんな思いとは裏腹に私の目からはぼろぼろと雫が落ちていた。
「できないこともねーぜ、俺の力をもってすれば。もちろんタダとは言わせねえけどな」
「あなた、何者?」
男は鼻の下をこすった。
「そーだな、お前たちの言葉で一番近いものといったら『死神』ってやつかな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます