World 1 date.12.27 楠 美奈

「ということで、『ねじれ』の関係と『平行』の違い、わかったかしら?」


 教壇の上で相変わらず熱心にチョークの粉を飛ばしている数学の教師、瀬川 恭子は今年で28歳。どうやらこの春結婚し、教師は辞めるらしい。どうでもいい。


「でもね、私思うの。平行って決して交わらないけど近くにはいるわけじゃない。一方で『ねじれの関係』って、一瞬近づいたのにまた離れていってしまう、永遠に。切ないと思わない?」


 瀬川先生は私に顔を近づけてきた。広々としたクラスに生徒は私一人。外は冬休みを満喫する部活の掛け声で溢れている。クリスマスが終わり、みんなのワクワクは年末年始へと向かっている。私の心を置き去りにして。


くすのきさん。先生ね、あなたが学校に来なくなった理由、わかる気がするの。ちょっと大人すぎるのよ。普通、中学生っていったらどこかまだ子どもらしさも残っているものよ。でもあなたはもう完全に大人になりきっちゃったっていうか……」


 言いかけてやめた。


「まあ、あんなことがあったからね。よく補習に来てくれたと思うよ」


 瀬川先生は広げていた教材をパタン、と閉じた。


「さ、今日はおしまい。せっかくの冬休みなんだから満喫しなさいね」


 先生が去った教室に私は一人、ぽつんと取り残された。

 ピコン、とメッセージアプリの音がしてカバンにしまっていたスマホを取り出すと、画面は最後に検索したYニュースのままだった。


「12月24日午後6時10分ごろ、井田線、三宅坂駅のホームで、男子高校生が美園公園行き下り特急列車(10両編成)にひかれ、全身を強く打って死亡した。酒井署では身元の確認を急ぐとともに、事故原因を調べている」


 事故原因なら知ってる。私の目の前で起きたから。

 画面に雫が落ちた。雨が降っている、教室のど真ん中で。雫で歪んだ画面を袖でこする、それでも雫は2個、3個と増えていった。


 私が泣いているの気づくまで少し時間がかかった。不思議と声は出なかった。もう私は泣き声さえ忘れてしまったのか。

 あの日、死ぬはずだった私は心だけ死んでしまったのだろうか。

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