第11話 彭城の悪夢

 ここは滎陽けいようです、と周囲の人間から聞いた。

 彭城と関中の中間どころに位置する町だったな、と、ぼんやりと思った。

 だとしたら、あれは、私が心配し過ぎたあげくの夢ではないのだな。

 張良は苦笑交じりの泣き顔になった。


 あの日の夜半、項羽の来襲を知らせる声が陣営の北側で上がり、その声はやがて全方向から悲鳴のように聞こえてきた。

「やはり来たか」

 寝床に起き上がった張良は逃げ出す気力も無かった。もう、分かりきっていたことだった。私はここで死ぬのだ、と思った。

 五十万の兵士も、韓信の奮闘も、意味をなさなかった。

 わずか数万の項羽軍のために、連合軍は一瞬で逃散した。闘う気力を見せたのは韓信の軍のみだった。しかし、ほぼ同数であれば、項羽軍に敵うはずもなかった。

「滎陽だ、滎陽を目指せ」

 韓信の指示を聞いたものかどうか、兵士達は一斉に西へ、来たばかりの道を走り始めた。そこは、出陣にあたって事前に兵糧を蓄積しておいた町のひとつだった。


 この時、劉邦は逃走する車から二人の子供を何度も投げ捨て、馭者の夏候嬰がその度拾い上げたという、下衆ゲス極まりないエピソードがある。

 儒教の教義からその行為を肯定する向きもあるが、一般的にいって、これは許しがたい蛮行なのは間違いないだろう。


 漢軍の最前線は、再び関中周辺まで押し戻された。





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