後編

 僕の班には学校内にファンクラブが存在すると言われるほどのイケメンがいた。彼は顔だけでなく、スポーツも万能で頭も良い。おまけに分け隔てなく優しくて、リーダーシップもある。男女ともに人望も厚く、彼こそまさに王子の名が相応しいと思える人物だった。そんな彼と彼女が付き合っているのではないかという噂が流れたのだ。何故か。「皆」曰く中峰さんはいつも掃除時間に廊下側ばかりを掃除してお喋りに興じているからだそうだ。また、王子も教室側に心なしか寄っているように思えるらしい。中峰さんに至っては自意識過剰でも何でもなく、僕と話すためであることは間違いないのだが、王子の真意についてはわかりかねた。しかし、中峰さんとの噂が立ってからチラチラと僕と中峰さんが話す様子を窺っているのはわかっていたし、時折中峰さんに話しかけて僕との話を中断させたりすることもあった。ある日僕が用具入れに箒をしまっていると王子が珍しく話しかけてきた。


「なあ、お前さ、中峰さんとよく話してるけど何話してんの?」

「あー特にこれといったことは話してない。彼女の話を聞いてるだけ」

「ふーん。なんで聞いてるだけ?」


僕が訝しげに彼を見ると慌てて理由を並べた。


「だって、お前そんな中峰さんと友達って感じでもないし、彼氏ってわけでもないし……」


ここで僕はピンと来た。王子も中峰さんのことが好きで僕が彼氏でないことを念のため確認してきたのだ。彼がなぜ中峰さんを好きになったのかは知らない。


「確かに言う通りだな。なんで中峰さんが僕に話をするのか、その理由はわからない。気になるんなら自分で聞けば?」

「そう、だよな。悪かった。ありがとう」


王子はそう言って中峰さんの方へと去っていた。チクりと胸が痛んだと思えばじわじわと胸が締め付けられるような感覚が広がった。何故って僕のような平民が王子に叶うはずがないからだ。失恋。そんな言葉が脳裏を過るがすぐに振り払って教室へと戻った。



 放課後になり、帰宅部の僕は担任に雑用を頼まれたために会議室で一人、作業をしていた。1時間後、全てのプリントにようやくホッチキスを留め終え紙の束を職員室へと持っていった。そしてご苦労様と労働の対価にもならないようなチョコレートの小袋を3袋ほど貰い、靴箱へ向かった。上履きを脱ぎ、ローファーを取り出して履き替える。脱いだ上履きを靴箱に入れたところで後ろから声を掛けられた。


「ねえ、今日王子に何か言ったでしょう?」


振り返るとそこには中峰さんが仁王立ちしていた。昇降口から差し込む西陽で片頬が赤く染まっている。


「何かって?」

「直接私になんであなたと話すのか、その理由を聞いてこいとかなんとか」

「あー言ったかも。それがどうかした?」


内心ドキッとしながらも平静を装い歩き出す。中峰さんも僕のあとに続いた。


「どうもこうも、問題ありよ!!」


珍しく中峰さんが興奮している。


「私、関心を持たれるのが一番嫌いなのに、なんであんな関心を引き起こす塊の王子に話しかけられなきゃいけないのよ。お陰様で私に対する関心度が過去最大になってるじゃない!!」


相変わらず常に関心を向けられていることには気づいていない様子の中峰さんだが、彼女の性質からして今回の怒りはご尤もだ。王子が彼女に話しかける元凶になった僕との会話に怒り心頭なのだろう。


「悪かったよ。そんな大事になるとは思ってもみなかったんだ」

「先に謝るの、ズルいわ!!私、まだあなたを責めてる途中なのに」


彼女が後ろで何か喚いているが、僕は涼しい顔をして校門を通り抜ける。やがて、落ち着いたのか立ち止まって深呼吸する気配を感じた。僕も立ち止まり首だけ彼女の方を向ける。


「落ち着いたか?」

「ええ。少しはね」


彼女は溜め息を一つ吐いて、僕に詰め寄った。


「私が怒ってること、それだけじゃないのよ?知ってた?」


中峰さんは口角を片側だけ上げて意地悪そうな顔をした。


「あなたのことが好きだから私が話しかけていることを、あなたが知らなかったから」


え、誰が僕のことを。と思ったがそんな野暮な質問できるはずがなく、暫く僕は目を見開いたまま硬直していた。だが、顔が赤く染まるのを感じ、慌てて前を向いて早歩きで歩き始めた。


「あ、ちょっと」


中峰さんが後を追いかけてくる足音が聞こえる。僕との身長差があるので小刻みに聞こえてくる足音が可愛らしい。今にも僕は叫び出しそうだった。自分の好きな子が自分を好きでいてくれてるという事実に喜ばないことなんてできるだろうか。鞄の持ち手を握り締めながら走って逃げるだけでは駄目だと思いとどまり、足を止めた。遅れて中峰さんが止まる音が聞こえた。


「中峰さん」


僕は息が少し上がっている中峰さんへと近づいていった。


「君が僕に話しかけている理由を察せてなくてごめん」


中峰さんは僕から目を逸らさずにまっすぐ僕を見つめている。


「それと、僕も中峰さんが好きだ」


僕はそう言って彼女の手を引いた。驚く彼女の目が大きく見開かれた。その瞳を見つめながら、衝動のままに彼女の唇に自分の唇を重ねた。永遠にも思えたが、すぐに唇を離すと彼女は目を潤ませて頬は上気しながら答えた。


「1秒前のあなたが憎いわ」


1秒後の中峰さんは前より深く、僕に恋に落ちたらしい。でも本当は君が

「あら、面白いことを言うのね。同級生にこんな人がいたなんて。ラッキーだわ」

と微笑んだその1秒後にとっくに僕が君に恋に落ちていたことをいつかわかってくれると嬉しい。ポケットの中にあるチョコレートが溶けそうなほど熱い情熱と一緒に。

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1秒後の中峰さん。 紫乃 @user5102

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