第13話「不平等」
「……ったく、不平等もいいところだろ」
シンヤはミユに聞こえないのを承知でそうボヤいた。
だがその顔はエネミーを前にして、どこか楽しそうだった。
「それはそれとして、しっかり経験値になってもらうぞ」
シンヤは《エリアルブレード》の
色を失っていた戦闘服のラインを、青色のマナ流体が流れるように走る。
身体が軽くなったのを感じ、シンヤはその場所から飛び跳ねて、乗っても折れないくらいの丈夫な枝に着地し、ほとんど同じ高さにある他の枝に乗って威嚇している《ファイターモンキー》を切りつけた。
「グギャァァ!」
本物の猿とは似ても似つかぬ奇声を上げて《ファイターモンキー》は地面に落下した。そこを逃すことなく、シンヤは上から《エリアルブレード》の剣先で貫く。
相手より高い位置いる時に発動するとダメージ補正が掛かるアーツ《フォール》。武器のレア度や強化値が相まって、まずは1匹仕留めることに成功した。
「まだだ」
瞬時にまた跳ね上がり、今度は枝ごと《ファイターモンキー》を下から切り上げる。
単純な物理攻撃ではあるが、シンヤの持つ《エリアルブレード》の攻撃力が不意打ちのクリティカルで補正されて、技を使わずとも《ファイターモンキー》の命力を全損させるだけの威力を発揮した。
その結果、切られた枝は地面へと落下し、エネミーは空中で断末魔をあげて崩れ去った。
シンヤは横目でそれを確認した直後、左手で太い枝を掴んでぶら下がり、視点を左上に向ける。
すると、ゲーム内での仕様として半径1km以内の敵や味方の位置を表すレーダーがほんの少し大きく表示された。
(あと、2匹……)
残り2匹の位置はレーダーが示しているものの、残念ながら高低差は表示されない。枝に乗っているのか、それとも着地しているのかは肉眼で把握しなければならない。
(……よし)
シンヤは次の行動をどうするか、ほんの少しだけ考えた結果、とりあえず再び降りてみることにした。
そもそも《ファイターモンキー》は遠距離攻撃をしてこない。シンヤの「見えた敵をすぐに排除する癖」が発動してしまったばかりに最初の2匹を倒しただけであって、本来の戦い方としては《ファイターモンキー》がこちらを狙って降りてくるのを待つのがセオリーだ。
地面に降りたシンヤは武器を構えることなく、目を瞑ってじっとする。視力を遮断する代わりに聴力を研ぎ澄ませ、敵の接近を音で感じ取ろうとした。
ゲーム内であっても現実のように聴覚を研ぎ澄ませることができる。そこはやはり、現実で戦う為の訓練として必要なのだ。
(……来たな)
個々がゲーム上のプログラムで動いているだけあって《ファイターモンキー》は統率行動を取らない。故に連携することもなければ、同位置にいない限り攻撃のタイミングも被らない。
ずれたタイミングで2匹が着地したのを音で確認し、目を開いて近い方のエネミーに狙いを付けて全力疾走をした。
ある程度の距離を接近すると、エネミーは攻撃態勢に入る。しかし、チップの効果でスピードが上がっているシンヤを相手に、攻撃態勢は意味を成さなかった。
またも戦闘技を使わずに、すれ違いざまで左上から右下へ剣を振り下ろし、ステップでターンをして振り返り、来た方向とは逆方向ですれ違うように再び走り出して切りつける。
エネミーの動作が止まり、特有の断末魔を上げているのを耳で確認した後、近付いてくる最後の1体に剣先を向けて《ソードライン》を放つ。
チップの効果で通常よりも突進速度が上がっている《ソードライン》に、エネミーは躱すことはおろか、防御さえ出来ずに直撃し、命力が全損して仲間の後を追った。
「殲滅完了……っと」
このゲームには、戦闘終了のファンファーレが鳴らない。敵が残っているのかどうかは、レーダーの範囲内で判断するしかないのだ。
シンヤはレーダーに敵性反応がないことを確認した後、今回の戦闘で得られた経験値を確認した。この世界にもレベルという概念はあり、上げれば上げるほどステータスも上昇する。
「んー……」
残念ながらシンヤにはそこまでの経験値が入っていない……と見えるが、単にシンヤのレベルが高いだけであって、次にレベルアップするまでの道のりをグッと縮められるほどの経験値量ではなかった。
パーティを組んでいるシンヤとミユの経験値は同じ値で振り分けられる。シンヤと違って「そこそこ」のレベルであるミユにとっては今回の経験値がおいしかったらしく、ガッツポーズを決めていた。
シンヤは「やれやれ……」と思いつつ、剣を鞘に納める。
「おーい、ミユ。行くぞ」
「あー、はいはい!」
そう言いながらも、ミユを置いていくような勢いでシンヤは戦場を後にしようと歩き出す。すると、焦ったミユが追いかけてきた。
仮想任務でゲームだとはいえ、毎回マップが変わるような冒険はない。だが、現実世界でエネミーと戦うことを想定したものだというだけあって、マップの作りは簡単に覚えられるものでもないので、シンヤは自分の視界に映るレーダーを頼りに、討伐目標がいる場所へと向かって歩いている。
現在地をレーダーで確認すると、仮装任務に出てくるボスがいる座標から少し離れてしまっていた。これはミユとの集合場所をわかりやすい場所にしたせいだ。
ボスがいる座標はずっと変わらないのでシンヤは記憶している。よって、道を間違えることはないだろうが、問題はボスの位置よりも道中での戦闘だ。
勝つ自信しかないのは言うまでもないが、勝ったところで経験値は微々たるもの。ミユとしては確実にレベルアップへ近付いているのだから嬉しいだろうが、シンヤとしてはただ億劫なだけだった。
「な、なあ、エネミーはエンカウントしても無視でいいか?」
シンヤは恐る恐るミユに問う。しかし、答えはわかりきったことだった。
「え? ダメに決まってるでしょ。高レベルなフィールドなだけあって、経験値がおいしいもの!」
「はぁ。まあ、そうだよな……」
変な話、本気で戦闘が嫌なら放っておくという手もある。片方の命力が全損したところで、もう片方が生きていれば、アイテムを使って蘇生することだって出来る。
もちろん、現実では蘇生など不可能ではあるが、ダメージを受けた際に痛みが伴うこの世界においては、わざわざ命力を全損させようと思う人間はいない。エンカウントを無視したとしても、結果としてミユは戦闘を諦めてシンヤについてくるだろう。
──だがもし、ミユが予想に反して戦闘を諦めなかったら?
──経験値に目が眩(くら)んで命力を全損させたら?
自分勝手なところが目立って、度々困らせてくる彼女ではあるが、シンヤはやはり、それを見過ごすことなどできやしなかった。
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