第12話「背中合わせの戦闘開始」

「それにしたって、さっきのはずるくない!?」



 森林エリアに生い茂る雑草の道を踏み歩きながら、ミユは口を尖らせて言った。


 今のところは敵との遭遇もなく、最早ただの「仮想散歩」になりかけており、シンヤの警戒心もほとんど薄くなりかけていた。

 シンヤは果てしなく続く、先の見えない道を見ながら右手で後頭部を軽く掻いた。



「ずるいって……何のことを言ってるんだ? 心当たりがないんだけども」


「私の《バタフライ・ダンス》をかわした後! 明らかに放った戦闘技バトルアーツは《ソードライン》だったはずなのに!」


「ああ、そういうことか」



 シンヤは「何が」を聞いて、ようやくミユが何を言っているのか理解できた。そして右手の人差し指を上に向けると「いいか?」と前置きをしてから、その仕組みについて語った。



「確かに、俺が最初に放ったのは《ソードライン》だ。だが、それだけではお前を追い詰めることが出来ないとわかっていたから《ソードライン》を放った後、派生させて『ソードライン・ターン》に変更したんだ」


「途中から戦闘技バトルアーツの変更なんて可能なの? 無理だよね?」



 ミユからすれば、シンヤの言うことは滅茶苦茶である。確かにミユの言う通り、戦闘技バトルアーツの発動を脳内に思い浮かべた時点で、他の戦闘技バトルアーツに変更して放つことはできない。


 しかし、そこにミユの「勘違い」があった。



「その通り。《ソードライン》を放ってみたけど、それじゃあ相性が悪かったからって急に2連撃技の《クロススラッシュ》に変えることは出来ない。だけどそれは、全く別の系統だからだ。同じ系統なら派生させて上位の戦闘技バトルアーツを使うことだって出来る」



 シンヤ自身、かつて普通に生活していた時代で遊んでいたMMORPGに設定された技でさえ「下位技を途中で派生させて上位技に変更して発動させる」システムなんて見たことも聞いたこともなかった。シンヤもシンヤで、師である山科ユウに罵倒されながらもしつこく質問して、ようやく戦闘技バトルアーツの仕組みを理解することが出来たのだ。


 そしてそれはミユだけでなく、他の色んな戦闘員も同じ「勘違い」をしている。



「《ソードライン》と《ソードライン・ターン》の大きな違いは、1撃技か2連撃技の違いだ。だが、《ソードライン・ターン》の習得条件として《ソードライン》の習熟度をある程度まで上げなければならない。そういった派生の技は、基本の技から繋げて発動することも可能なんだ」


「へ、へ〜……!」



 ミユの返事はいまいち、理解したのかどうかがわからない返事だったが、シンヤは気にしなかった。


 シンヤの説明で言えば、他の戦闘員は《ソードライン》と《ソードライン・ターン》を全くの別物として見てしまっているが、実際は《ソードライン・ターン》は2連撃技というより、《ソードライン》1撃技+1撃という考え方も出来るということだ。


 ゲーム内はもちろん、現実世界で戦う時にも、戦闘員が感知しない程度で戦闘技バトルアーツの発動には、その動きをさせるだけのプログラムが動いている。

 上位技は、下位技の動作プログラムにプラスして上位分のプログラムを更なる工程として上乗せしているものなので、下位技から上位技に変更することが可能なのだ。


 だがシンヤは、ミユに戦闘技バトルアーツプログラムの話まではしなかった。

 シンヤの派生発動は、戦闘技バトルアーツプログラムを理解している必要がある。それにはそれなりの勉強をしていなければならないので、プログラムの話まで持ち込めばミユは混乱してしまうと思ったからだ。


 しかし、一見便利な派生発動にはデメリットがある。



「俺がさっき使った派生発動は、最初に《ソードライン》を放った時点で、リキャストタイムが生じる。それに加えて、途中で《ソードライン・ターン》も発動しているわけだから、1回の派生発動で2つの戦闘技バトルアーツにリキャストタイムが生じてしまうというデメリットがある」



 ミユはそれのどこがデメリットなのかよくわからなかった。自嘲気味に苦笑いを浮かべるシンヤに首を傾げる。



「でも、それで相手を倒せるならいいんじゃないの? 倒して戦闘終了になれば、リキャストタイムなんて問題ないじゃない」


「……いや、これは駆け引きが出来る人間相手だからこそ使える技術なんだ。単純にダメージのやりとりしか出来ない《エネミー》相手では、ただの浪費にしかならない」


「あっ、そうか!」



 ミユは左の手のひらに握った右手を打ち付けた。それが本当にミユが理解できた証なのだと、割と長い付き合いになっているシンヤは知っていた。

 ただ、実を言えば派生発動にはまだデメリットがあるのだが、そこまで詳しく説明する気にはなれなかった。



「それはそれとして……。どうやら、今日の幸運はここまでみたいだな」


「んん?」



 シンヤは右斜め前方の茂みを指差した。すると、草をかき分けて猿をもっと強面にしたような《エネミー》が現れた。


 今までエンカウントせずにお喋り出来ていたことをシンヤは幸運と言ったのだ。



「まっ、あの程度の敵なら楽勝らくしょーでしょ!」



 ミユは軽くステップを踏むと、腰と背中のちょうど中間あたりにクロスして納刀されている朱色の双小剣を抜き、構えた。

 それと同時に、ミユの視界にはエネミーの名前が表示された。



「ふーん。《ファイターモンキー》かぁ。流石は高難易度任務。出てくる敵のレベルもすごいもんだよね」


「同感だが、油断するなよ? どうやら茂みだけじゃなくて、周囲の木々にも潜んでいるようだ」



 シンヤは背中をミユの背中と合わせ、ゆっくり抜刀して片手で構えると、群れで木の枝に乗ってこちらを睨んでいる《ファイターモンキー》に剣先を向けた。



「じゃあ、そっちは任せるね。私は茂みの奴をやるから!」


「いや待て。そっちは1体だけじゃないか! それじゃあ、俺の負担の方が……」


「はい、戦闘開始!」


「…………」



 ミユの半ば無理矢理な合図に合わせて、シンヤとミユは同時にお互いの背中をぶつけ合った。そうすることで、お互いの反動で前方に勢いがついたスタートを同時に切ることが出来る。


 これにより特にスピード補正がかかるわけではないが「敵を前に尻込みせず、戦闘を開始できる」という、ミユなりの勇気を出す方法だった。



「せぇぇい!!」



 ミユは右手に持った小剣を《ファイターモンキー》に向けて投げつけた。これは単に腕力に任せて投げたのではなく、れっきとした戦闘技バトルアーツの1つ。小剣技 《スローイングダガー・ハイスピード》だ。


 名前の通り、下位小剣技 《スローイングダガー》の上位版でスピードと若干威力が違うだけなのだが、割と高レベルエネミーである《ファイターモンキー》には普通の《スローイングダガー》では反応して弾かれてしまうか、回避されるだけなので上位技を使用したのだ。


 狙い通りに投げた小剣が《ファイターモンキー》の腹に刺さると、間髪入れずにミユは接近し、左手の小剣で《ハイ・ダガーブロウ》を発動し、今度は《ファイターモンキー》の胸に深く小剣を突き刺し、抉った。



「ギィアアアアア!!」


「ぅおっと!」



 それでも《ファイターモンキー》の命力ヒットポイントを全部削りとることは出来ず、ダメージに抗いつつも反撃の《クロー》をミユに向かって放つが、ミユはギリギリ回避し、相手の腹に突き刺さっていた右手の小剣を抜き取り、宙返りで距離を取った。



「ふっふーん! ちょーっと前の私だったらやられてたかもだけど、今の私は一味違うんですっと!」



 ミユはそう言いながらも、右手の小剣に備え付けられたボタンを押す。すると、小剣内に差し込まれているチップがプログラムを作動した。

 ミユが着ている戦闘服の薄赤いラインを流れるマナ流体が活性化し、手から胴体へ。胴体から下半身へと光る橙色へ色が変わっていき、筋力が上がった。


 次の戦闘技バトルアーツで決着をつける為に《攻撃力上昇》のプログラムを発動させたのだ。


 ミユの使う技は大きく分けて2つ。右手と左手、それぞれ違う小剣技を使うのが1つ。そしてもう1つは、小剣を二刀流で装備することで使用可能になる双小剣技だ。


 ミユは先程シンヤに使ったのと同じ技、双小剣技 《バタフライ・ダンス》を発動させ、華麗に踊るような6連撃で相手の反撃を許すことなく残りの命力を削り切った。



「グギギギギ……ガァ!」



命力が全損した《ファイターモンキー》は特有の断末魔を上げると、その場で朽ち果てて崩れ去った。

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