第9話「戦闘準備〜ログイン〜」

「あれ……? ここどこだ?」



 真っ白な部屋にただ1人でいる俺。この場所がなんなのかよくわからない。

 しかし、自分が誰なのかを考えた時、すぐにパッと名前が出るのだから、記憶喪失ではなさそうだ。



「ん〜……ん?」



 自分の名前から連想され、今の自分は本来の名前が使えないことを思い出す。



「あっ、ああ! そうか!」



 自分の名前が使えない理由を思い出そうとしているうちに、病院で目覚めた直後辺りから思い出していく。……といっても、思い出すどころか普通に覚えているのだから、せいぜい「思い返す」といったところだろう。


 そして《アリオト戦闘管理局》の内装を思い浮かべた時「ここがどこで、俺は何をしているのか」を思い出すことができた。


 何故、ここにくる直前のことを憶えていなかったのかが不思議だが、俺1人では考えても答えが出ない。


 ではここはどこなのか?


 結論から言うと、ここはゲームの中である。


 現実の体は、椅子に座ってぐったりとしていることだろう。


 それで何故、俺がゲームの中にいるのかというと、このゲームは現実世界での戦闘準備や訓練を目的としたものだからだ。


 事前に聞いた話によると、この世界の人間は生身と作り上げた武器で戦っているわけではないらしい。詳しい技術は公開されていないようだが、ゲーム……仮想世界で鍛え上げたアバターの武装を含めたステータスを現実で自分の身体に投写することで、戦闘モードへと体が変わり、ようやく人は敵と戦うことができる。


 病院の先生が携帯端末を「命綱」と呼んでいたのは、携帯端末にインストールされたアプリを起動することによって、アバターの投射か始まるからだった。


 今俺は、投射するアバターを作り上げ、携帯端末のアプリと連動させる為の初期設定を行う為にここにいる。


 辺り一面が白くなっている景色を見回していると、やがて「何もない空間に、建物や人が一瞬で現れた」と錯覚させる勢いで景色が一変した。


 現実世界もなかなかに未来感あると思っていたが、仮想世界はもっと未来感があり、最早「フューチャー」というより「サイバー」といった感じである。


 戦闘管理局よりもこちらの方が人口密度が高いように感じられる。それに、プログラムがそのまま反映される世界は、やはり現実世界に比べて服装のバリエーションが多く、現実世界でもありそうな服から、実際に着たら動きにくそうな服と、実に『十人十色』といった感じだ。


 床や壁にあるラインを走る蛍光色をした謎の流体にも目がいった。これを見ると、この仮想世界にはビームブレードのような非実態武器があるような気がしてくる。


「とりあえず、適当に歩こう」と一歩を踏み出した瞬間、ここへ来る前に聞いた声が俺の名を呼んだ。



「あっ、シンヤさーん! 無事に来られたようですね!」


「ん……? おぉ……」



 俺を呼んだのは、先程の受付をしてくれたお姉さんだった。

 仮想世界だというのに、現実で見た姿とまんま変わらない技術力。そして、現実よりもスカートの丈が短く見える制服に、俺は返事をするのも忘れて、ただ感嘆の声をあげた。


 その丈から覗かせる柔らかくすべすべそうな柔肌を目前して、正気を保つことの難しさを今現在痛感している。



「半ば無理矢理の接続でしたので最悪、強制接続停止もあり得るかと思いま……ん?」


「はっ!!」



 俺はお姉さんの話をほとんど聞かずに、ついうっかり太腿に目が釘付けられていたようだ。


 お姉さんの不思議そうな表情が目に入って、我を取り戻した。



「……どうかされました?」


「なっ、何でもないです!」


「……あっ! ふっふーん?」



 どうやら、俺がどこを見ていたのか気付かれてしまったようだ。恥ずかしさに背けてしまった俺の反応を見て、お姉さんはにやけてこちらを見る。



「少しだけなら……。触ってみます?」


「喜んで!!!」



 俺はもう、羞恥心なんて捨て、欲望のまま自分らしく真っ直ぐ返事すると、意外な反応だったのか、お姉さんの方が困り顔になってしまった。



「じょ、冗談ですよー……。ちなみにですが、仮想世界の中だからといって、女性相手に変な行動を取ったら、セクシャルハラスメントとしてアバターの削除、拘留されるなんてことにもなり得ますから気をつけてくださいね?」


「あっ、はい。すいません……」



 残念さ半分、恥ずかしさ半分。やり始めた時は感じなかった羞恥心も、後になって「遅れてごめーん!」とくることだってある。


 ……受付お姉さんは意外と意地悪なようだな、うん。


 まあ、それはともかくとして、だ。



「確かに半ば無理矢理の接続でしたが、強制接続停止なんてものがあるですか?」



 フィクションの中では存在した完全なVR。俺が元いた世界には実在しなかったものだから、危険性や勝手がわからない。


 っていうか、危険性を説明されたかったことの危険性に今更気付く俺は俺自身に危機感を感じつつも、強制接続停止について考える。


 オンラインゲームにおける強制接続停止というと、不正をした時と不正されたことを感知された場合くらいしか俺には心当たりがない。

 しかし、このゲームにおいてパスワードというものは存在しなかった。初回ログイン時にアカウントが作られ、本人を構成している記憶……情報が1つとして欠けることなく集合している『自己』がパスワードを担っているのだから。


 つまり、不正ログインをしようと考えるのであれば、記憶を完全に同化させなければならないということになる。そんなことは間違いなく不可能なのだろうが–––––。


 ちなみに、IDは生後1年で目の網膜パターンと連動して作られる《レジデンツ・コード》で管理している。《レジデンツ・コード》はアルファベットや数字といった比較的わかりやすく覚えやすいものではなく、拠点運営組織(日本でいう国会)が公式認可した専用の機械でないと読み取れないコードとなっているので、本人確認を要求できる組織は拠点運営組織から認可された行政機関のみとなる。


 しかも未成年のうちは《レジデンツ・コード》が記載された身分証を親が管理する法律になっているし、成人を迎えると共に身分証は破棄され、携帯端末に身分証となる情報が記録されることになっている。


 パスワードの面でもIDの面でも保護されたこの時代で、不正ログインなどあり得ないものだと思われるのだ。


 が、強制接続停止という機能はもっと別の目的であったようだ。受付のお姉さんは少し寂しそうな表情で説明をする。



「……正直、どの拠点も戦闘員が不足しているんです。だから中には本人の意思とは関係なく戦闘員にされそうになる人だっています。そんな人の為に、この機能があるんですよ」


「なるほど。確かに俺も師匠が本当に半ば無理矢理ログインさせられましたからね」



 見慣れない設備に困惑する俺を無視して、自分の仕事を早く終わらせたいが為に師匠は俺を無理矢理設備の中へ押し込んだ。


 いくら完全に五感をトレースしたVR世界を実現したといえども、これだけのクオリティを処理する設備はどうしても大きい。

 使用者の頭の先から足の先までの感覚をトレースしたいという目的があって、まるでロボットアニメに出てくるロボットのコクピットへ入るかのような設備となっている。


 中へ入って、背もたれが倒されたベッドのような椅子のようなものに腰掛けて体を預けると、自動で起動シーケンスへと移行する仕組みになっているので、この設備は「俺のログインが自分の意思によるものなのか?」と悩んだようだ。


 俺はきっと、あの瞬間を二度と忘れないだろう。嫌な記憶として。



「ですが、俺みたいなタイプはかなり稀なのでは? 他の人はちゃんと学校に行ってから戦闘員になるんでしょ?」



 確か、俺の携帯端末を渡した時、受付のお姉さんはそう言ったはずだ。

 その記憶には間違いがなかった。



「その通りですが、このゲームに関しては学生の時から使用できるようになっています。自分の意思で戦闘に参加は出来ませんが、訓練として先生の承認があって参加できるのです。……しかし、実戦よりほんの少し難易度が低くなっているとはいえ、訓練で戦ってみたからこそ怖くなって戦えない人だっている。……というより、多いでしょうね。しかも戦闘員はある程度ちゃんと活躍すれば賞金は結構もらえますし、待遇がいいので『なりなさい』と実親や訳ありで書類上親となっている人に言われる、ということもあるようです」


「ああ、そういうことか……」



 変な話、こうして世界が危機に脅かされている以上、戦闘員は食いぶちに困ることはないと言える。報酬がどれくらい支払われるのかは全くの未知数だが、生き残って退職した者にはかなりの退職金が支払われることだろう。


 俺はこの世界に来る前、誰かから聞いた自衛隊の話を思い出しながらそんなことを考えていると、受付のお姉さんは音を立てて両手を合わせた。



「話が脱線してしまいましたね。こわーい人がまだかまだかと待ってることでしょうし、さくっと本題に入りましょうか!」



 そんなお姉さんの切り替えを無駄にするという選択肢はなく、手で「こちらへ」と誘導するお姉さんに無言で頷いてから、このゲーム内における自室へと案内された。

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