第4話「そこは未来か異世界か」

 円筒状の水槽だ。


 目に入ったのがそれだけなのであれば、まだ疑問が残るだけに留まったが、本当に俺の目を疑わせたのは水槽の中身だった。


 中には液体がびっしりと入っており、そして更にその中で体育座りをした少年が1人、こちらを見て含んだ笑みを浮かべている。



「やあ」



 推定7〜8才に見えるその少年は、俺に向かって気さくな挨拶をしてきた。

 しかし一方で、俺はその姿がかなり猟奇的なものに感じてしまい、心が恐怖でいっぱいになった。


 正直言って、今からでも逃げ出したい。


 俺に挨拶をしてきた水槽の中にいる少年は、いわゆる「幽霊」という存在なのだろうか……。


 そんなことを考えていると、少年は幽霊らしさなど微塵も感じさせず、こちらの内心御構い無しに話を始めた。



「初めまして。そして驚かせてごめんね。僕はこの、5つ目の拠点である《アリオト》の《マスター》……つまり、管理者をしている。これからよろしくね」



 俺はどうにか《マスター》を自称している子供の言葉を聞き取り、少しずつ頭の中で言いたいことをまとめ、返事をした。


「え、あっ、えっと……初めまして。こんなことを言うのもなんだけど、子供が管理者ってどうなんだ? オママゴトしているのなら、俺は帰るぞ?」


「まあまあ、そう言わずに! とりあえず、お飯事ままごとではないから安心して欲しい。……確かに、僕の外観は少年だけど、それは体だけ。頭の中身は、この世界に7つの拠点を作り上げる前と、そして出来上がってからもずっと人々を導いてきた指導者のもの、そのものだからさ!」


「何言ってるのか、さっぱりだっての。……っていうか、この世界は一体何なんだ? 俺は後ろから刺されて、気付けば見知らぬ地の病室で目が覚めたんだけど。つか、俺はこんなところに何故いるんだよ? そもそも、ここは日本なのか? そうでないなら、日本に帰るにはどうしたらいい?」



 先程まで笑顔で話してきた少年の顔は、俺が「日本」という単語を口にした瞬間、一気に真顔となった。

 不思議と、俺は彼の表情を見て「確かに、思考と表情が子供のそれではないな」と思った。

 そして、少年は真顔のまま真剣な声色で語った。



「日本……か。日本はもう、100年程前にこの世界から消滅している」


「は? いや待て。俺は日本にいたんだぞ? 消えた? じゃあ、俺は今どこにいる?」


「……実を言うと、日本だけではなく全ての国がこの世界から消滅している。今、君や僕たちがいるのは、破滅を迎えた地球に新たな生活圏を築く為の拠点……その5つ目の拠点である《アリオト》なんだ」



 普通に考えて、少年の言うことを理解できるはずがない。

 しかし、例えこれが何かのドッキリだったとしても、俺は「未来に飛ばされてきてしまった」という事象に期待をし、信じてみようと思った。



「つまり、お前の話を信じるなら、俺は未来に飛ばされた……ということか?」



 改めて物語の主人公っぽく確認してみるが、俺の予想を反して、少年は首を横に振った。



「厳密には違う。君の世界にとってのこの世界は、未来であり、パラレルワールドであり、そして異世界でもあるんだ」


「異世界だぁ? 異世界ってのは、魔法とか妖精とかが存在する世界のことだろ?」


「確かにその通りだね。しかし、君たちが生活してた時代より遥かに昔。誰かが起こした何かしらの出来事が分岐点となった世界が、君の言う異世界なのかもしれないよ? つまり、もしかしたら太古に生きてきた生物の進化の仕方が違うだけで、君のいた時代は君の言う異世界になっていたかもしれない……ということさ」


「それはまた、途方のない話だな……」


「そう、途方もない話。僕たちにとって、君の世界も似たようなものなんだってことを感じてくれれば十分だよ」



 話の論点がずれつつあるような気がするし、未来世界なのか、異世界なのかもよくわからないが、少年の話を信じるならば、1つだけ、確かなことが言える。


 この世界に、日本は無いということ。


 つまり、このままでは俺は帰ることが出来ないということでもある。



「とりあえず、小難しい話はよくわからない点もあるが、わかったと言わせてもらう。……それで、俺はいつ、どうやって帰ることができるんだ?」



 質問をした先……少年の表情は、真剣そのものから余裕のある笑みに戻っていた。



「それは、君を呼んだ理由と一緒に説明させてもらうよ。世界に何があって、今僕たちが何をしているのかも含めて話すから、よく聞いててね」


「ああ」



 少年は、外見からして俺よりも全然生きていないように見えるが、まるで「自分の思い出話」をするかのように、懐かしむ表情をしつつ、視点と意識は過去へと向かっていた。


 俺は素直に耳を傾け、思い出話のように語られる話に想像力を働かせた。

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