第3話「《マスタールーム》」

「お待たせ藤堂君。《マスタールーム》までは僕が案内するよ」


「はい」



 再び電子音を鳴らして入ってきた担当医・峰田の言葉に、俺はただ返事をした。

 どこに連れて行かれるのか、不安を感じないと言えば嘘になるが、それでも俺は自分の置かれた状況を説明されなければ、不安はもっと大きいものになってしまうだろう。



「そういえば藤堂君。携帯端末は持ったかな? これから先、携帯端末は命綱になるから持ち歩いてないと駄目だよ?」


「携帯端末……? ああ、これか。携帯端末が命綱だなんて、携帯依存者じゃあるまいし……」



 俺はズボンについたポーチの中に携帯端末を入れ、扉の前へ歩き出した。

 すると、峰田は真剣な表情で何故、携帯端末が命綱なのかを説明し始めた。



「藤堂君。この世界において携帯端末は、誰かと連絡を取る他に、エネミーから自分の身を守る為の道具となる。特に君は、戦闘員の1人なのだから、これは仕事道具だと思った方がいいよ」


「エネミー……? 戦闘員……?」


「さて行こうか。それも《マスター》が説明してくれるはずだ」



 俺は軽く肩を叩いてきた峰田の後に続いて病室を後にすると、しばらく廊下を歩いた先にあったエレベーターに乗った。


 扉が自動になっていることには驚いたが、廊下を歩き、他の患者とすれ違ったあたりは普通に病院だった。


 峰田は職員証と思しきカードを、エレベーターの階を指定するボタンの横についたスキャナーでスキャンさせると、階を指定していないにも関わらず、エレベーターが勝手に動き始めた。


 元々いた階は4階。3……2……1……B1……B2と降りていくと、やがて階が表示されなくなり、しばらくしてエレベーターが止まって扉が開いた。


 初見の人に圧倒的不安を感じさせるこの構造に、峰田は困った顔で解説をしてくれた。



「これ、突然階層が表示されなくなるから怖いよね。けど《マスター》は陰から拠点を管理している存在。悪意ある者に狙われるわけにはいかないから、こうして資格を持っている人にしかここまで来られないようにしているんだよ。ちなみにだが、病院的にはこの階は存在しないことになっているので、内密に頼むね」


「あ、はい。わかりました」



 取り敢えず返事したものの、俺は「正直、やばいところに連れてこられている」ような気がしてきて、周囲に警戒した。


 エレベーターから出た先にあった廊下は薄暗く、そして人2人が気を使って通ればようやく当たらずにすれ違えるというほど、どちらかといえば狭いように感じる。


 それにしても、病院はあれだけ衛生的で綺麗だったにも関わらず、陰から管理しているという《マスター》がいるこの層は小汚いのだろうか。

 まるで、別の建物……あるいは、この建物の上に綺麗な病院が建てられたのではないかと感じてしまうほどの汚さだ。


 廊下の天井には、中央1列に蛍光灯が設置されている。しかし、1個1個の感覚は割と空いているのであまり明るくなく、そして今にも切れそうな勢いで点滅している蛍光灯もあり、いかにも幽霊の類が出そうな雰囲気をしている。


 俺の記憶によれば、かつて見たホラー映画で出てきた廃病院と何処かしら特徴が似ている。

 そこで俺は「ここが廃病院なのではないか?」などと考えていたのだが、右斜め前を余裕の表情で歩く峰田に真相を問うことが出来ずに《マスタールーム》の前に辿り着いてしまった。



「……ここだよ。ここが《マスタールーム》だ」


「え? ほ、本当に……?」



 到着した、のはわかったが、俺は耳を疑った。


 何故なら、この部屋……《マスタールーム》の入り口は赤い扉で締められており、そして赤い文字で「進入禁止」の文字が書かれた張り紙が貼ってあったからだ。


 いやこれ、どう見てもヤバイ部屋だろ……。


 そんな俺の心情を理解しなかった峰田は首を縦に振って話を進めた。



「本音を言えば、僕も同伴していきたいところなんだけど、呼び出しを受けているのは藤堂君だけなんだ。……だから、見捨てるようで申し訳ないんだけど、この先へは君1人で行って欲しい」


「ええっ!? こんないかにもやばそうな部屋に1人で入れと!? いかに俺の頭が色々と足りないと言えども、どっからどう見ても、ここで拷問か処刑されるようにしか見えませんよ!?」


「拷問……? 処刑……? あっははは! そんなの見た目だけだよ! 確かに僕も趣味は悪いと思うけど、これは単なるカモフラージュだからさ」


「えぇ……信用できないなぁ」


「どうあれ、君は進むしかない。《マスター》曰く、最新兵器に適合した君を僕たちは期待しているんだ。いつか……この世界に平和を取り戻して、僕たちのご先祖様達が過ごしてきたような生活を、僕たちもできるようになることを……」


「え……? 平和?」


「ふっ、それも含めて《マスター》が説明してくれるよ。……さて、僕はもう仕事に戻らなくてはならない。藤堂君、勇気を出して頑張ってね」


「…………」


「それじゃあ、また」


「……ええ。こちらこそ、色々とありがとうございました」



 俺がぺこりと挨拶をすると、峰田は笑顔で軽く手を振り、後ろを向いて去っていった。


 そんな彼を、俺はただ無言で見送り、やがて見えなくなると、俺はようやく赤い扉に向き直す。



「……よし! 男は度胸、ってな!!」



 右手でドアノブを握り、強く引っ張る。


 ……開かない。


 では「引っ張って駄目なら押してみよう!」ということで押してみるが、これもまた開かない。



「えぇ……?」



 引いても押しても開かない扉に俺は混乱し、今度は無理矢理強く引いたり押したりした。


 ガチャガチャガチャ……と、何度もやっているうちに、俺は1つ気付いたことがあった。それは……。


 扉の左側に隙間が出来たことだった。


 だがこれは明らかに扉としてはおかしい。ドアノブで開閉する扉は、引くか押さなければ、ドアが壊れていない限り隙間が開くことはない。


 まだふすまのようにスライドする戸だったら、まだわかるのだが……。


 ん? 襖……?


 俺は「まさかな……」と思いつつ、ドアノブを握って、襖を開ける要領で右へスライドさせようと力を入れた。


 すると、油をさす必要がありそうな甲高い音を上げつつ、重い扉は徐々に開いていった。


 握ったドアノブは確かに回転するが、どうもそれは大した機能を持っていないようで、この扉に限っていえば飾りにも等しい状態だったと言える。


 自分が通れるくらいの幅まで扉を開けた俺は、外から中を見回してみたが、真っ暗でよく見えなかった。


 深呼吸を1度し、勇気を振り絞って恐る恐る中へ入っていくと、急に蛍光灯の光が《マスタールーム》の中央だけを照らしたので目を凝らしてみると、そこには目を疑うものがあった。

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